氏   名
小川 薫
本籍(国籍)
神奈川県
学位の種類
博士(工学)
学位記番号
工 第 22 号
学位授与年月日
平成 17年 3月 23日
学位授与の要件
学位規則第4条第2項該当 論文博士
研究科及び専攻
工学研究科 工学専攻
学位論文題目
有機化合物の結晶および薄膜構造に及ぼす磁場効果に関する研究
論文の内容の要旨

 次世代のコンピュータへの技術革新の中で、機能の多様性と超微細化による機能の集積化、 すなわち広範な機能を一台でまかなうことができ、高い生産性や利益が望める『システムパッケージ』という考え方が エレクトロニクス産業の主流になってきた。このため分子デバイスに期待が集まり、特に有機分子は従来の無機半導体 素子デバイスと全く異なる高機能の多種多様な機能発現が可能であり、21世紀を支える、材料および素子の主流となると 期待される。このような有機物のControllable性を発揮させるためには、分子集合体の制御技術の確立が必要である。 この技術因子の1つとして、磁場を取り上げ、磁場による結晶構造の制御および機能化を試みることにより、 新しい分子集合体の製造法を提唱することが、本研究の目的である。

 このような背景のもとに本論文は、分子の配向および配列の観点から、磁場環境を利用しミクロな機能性を追求した 有機分子の集合体構造の制御および応用について論じたもので、全編6章よりなる。

 第1章では研究の背景、既往の研究や本研究の意義について述べた。

 第2章は磁場による結晶配向制御ということで、「L−アラニン結晶の磁場配向」および「L−アラニン結晶の 磁場配向原理」について述べた。L−アラニンおよびDAST結晶のような反磁性体結晶でも、磁化率の異方性により 磁場方向に結晶が配向することを確認した。そして添加物により形態が変化しても、磁場方向に配向する結晶軸は一致した。 また、配向率と磁場強度の定量的関係を示すことができた。さらに、L−アラニンおよびDASTの配向に及ぼす磁場効果について、 それぞれの結晶構造から、結晶の磁気異方性と配向性の関係について考察を行った結果、結晶の磁化率異方性に最も寄与する 分子面は、L−アラニン結晶はCO・基平面であり、DAST結晶は芳香環平面であることを示した。 また、L−アラニンよりもDAST結晶の方が磁場からの影響を受けやすいことを確認した。

 第3章は磁場環境場での結晶成長についてとらえ、「結晶の形態に及ぼす磁場方向の影響」、「結晶成長の表面形成に おける磁場効果」を提案し、「付着結晶と成長ステップへの磁場効果」、「流動層における結晶配向・表面形状・付着微結晶」に ついて検討し、また「表面分析によるL−アラニン結晶成長への添加物作用機構の解明」について述べた。

 「結晶の形態に及ぼす磁場方向の影響」では重力に対して磁場の方向が0°あるいは90°となる磁場環境下で L−アラニン結晶の成長実験を行い、無磁場との成長量の比較を行った。磁場の効果としては、結晶の配向軸に対する 重力方向および磁場方向によって、溶液対流による結晶表面への溶質の供給に影響を与え、また、溶液中の成長ユニットも ある程度磁場作用により配向していると考えられ、界面への取り込みにも影響を与えていると推定した。

 「結晶成長の表面形成における磁場効果」では、L−アラニン結晶の表面トポグラフィーにおける磁場効果を ex situ のAFM観察により明らかにした。(120)面の2次元成長的な島のサイズや密度はかなり磁場の 影響で変化していることがわかった。その違いは過飽和度を増加させたときより顕著になり、島の高さが磁場を印加した方が かなり減少していることがわかった。

 「付着結晶と成長ステップへの磁場効果」では、5Tの磁場下、微結晶が存在する溶液中で種結晶を成長させた後、 結晶表面を微分干渉顕微鏡および原子間力顕微鏡(AFM)を用いて観察を行った。その結果、磁場配向効果により、 所定の方位に種結晶に微結晶を配向制御できること、および付着箇所から新たな成長ステップが成長していることを確認した。 このような付着結晶の磁場による配向制御の確認および界面での成長ステップの形成過程に及ぼす磁場効果の知見は、 今後磁場中での工業晶析を行うにあたり、工学的に価値の高いものであると考える。また、付着微結晶の方向を磁場により 制御することにより、工学的あるいは機能的にも、より構造度の高い結晶を提供できるものと考える。

 続いて「流動層における結晶配向・表面形状・付着微結晶」では、静置系と同様に、強磁場中流動層内で L−アラニン結晶のc軸が磁場方向と平行に配向することを確認した。また、その配向率は静置系と同様、磁場強度が 強くなるにつれて高くなることがわかった。また流動層において成長させたL−アラニン結晶の表面も、静置系と同様、 磁場内外で島の大きさやその密度に差があることを確認した。また、強磁場を作用させた流動層内においても、流動している L−アラニン母結晶および微結晶のどちらも磁場方向に対して結晶のc軸が平行になっており、付着した微結晶も 磁場方向に配向することを明らかにした。さらに、磁場強度と結晶形状および配向傾向の定量的検討についても取り扱った。 以上のことより、懸濁溶液が主である工業晶析において、乱雑に結晶が結晶層に組み込まれうる状態を、磁場利用により緩和でき、 結晶性の良い結晶を育成できる可能性を得た。従って、磁場環境を利用した晶析法は工業的に有用であると考えられる。

 「表面分析によるL−アラニン結晶成長への添加物作用機構の解明」では、L−メチオニン添加による L−アラニン結晶の成長抑制効果を解明するため、また磁場下における添加物の作用機構解明のため、成長速度測定、 AFM測定、XPS測定、TOF−SIMS測定および干渉縞測定を試みた。成長速度測定の結果から、磁場の有無にかかわらず、 (120)面の結晶成長はほとんど抑制されているが、(011)面の成長は、多少成長抑制は見られるものの、 成長し続けていることがわかった。この添加物の作用機構を明らかにするため、XPS、TOF−SIMSの測定を行い、 その結果からL−メチオニン分子が(120)面の最表面にだけ存在して、L−アラニンの(120)面の成長を 停止させていることが明らかになり、(011)面に関しては、L−メチオニン分子が面の内部にも取り込まれながら、 L−アラニン結晶が成長し続けていることを明らかにした。また干渉縞の観察結果から、結晶成長速度に対する 磁場の効果として、溶液対流の抑制により結晶表面への溶質の供給が抑制されるため成長はおそくなるが、 溶液中の溶質分子の成長ユニットはある程度磁場作用により配向していると考えられ、界面への取り込みはスムーズに 行われていることがわかった。

 第4章では機能性材料への応用として、「DAST結晶の光学特性に対する磁場効果」について述べた。 磁場中および無磁場でDASTの単結晶を作製し、その電気光学特性に及ぼす磁場効果を検証した。その評価は現行最高の 光学特性を有する無機のKTP結晶(デバイス化された製品レベルのもの)と比較し、0Tで育成したものは約2倍、 5Tで育成したものは約7〜9倍の高感度の光学特性を示した。これは、磁場により分子が選択的に同一方向に配列した結果、 高い結晶性を示したと考えられる。

 第5章では薄膜形成への応用として、「ペリレン薄膜の磁場による配向制御」および「自己組織化単分子膜(SAMs)の 磁場による配向制御」について検証した。

 「ペリレン薄膜の磁場による配向制御」では、NaCl基板でペリレンの面内配向に変化が見られた。 この結果からペリレン結晶が磁気力の影響を受けて配向が変化している可能性があると考えられる。また、磁場が 基板表面における分子の拡散に影響を与えているとも考えられる。

 「自己組織化単分子膜(SAMs)の磁場による配向制御」では、感磁性分子BTTFを合成し、これを強磁場中で 成膜することにより、配向制御が可能であることを示唆した。1分子ごとに磁場の影響を受けているわけではないが、 分子が集まる際のパッキング性を向上させるのに磁場の効果が確認された。このように、有機薄膜の新たな配向操作 因子として、磁場の作用が有効であると考える。

 第6章では、「総括」として本研究の結果と考察を各章ごとに要約し、その成果と今後の展望について述べている。

 以上のように、本研究で行った磁気を利用した有機分子の集合体構造の制御およびその応用に関する研究は、 いろいろな素材となる結晶の形成プロセスを解明する上で役立つものであり、新たな分子設計を行う上でも有効な 手法を提供するものと考えられる。また、一定方向に配向した形態の結晶は、透明度、硬度、密度など品質の向上が期待でき、 機能や特性の向上や欠陥等を制御した有機分子のナノ粒子やナノ薄膜などのナノ材料の創製の分野にもさまざまな重要な知見を 提供するものであり、工業的にも学術的にも有効活用されることが期待される。