氏   名
土屋 賢一
本籍(国籍)
長野県
学位の種類
博士(工学)
学位記番号
工 第 21 号
学位授与年月日
平成 16年 9月 30日
学位授与の要件
学位規則第4条第2項該当 論文博士
研究科及び専攻
工学研究科 工学専攻
学位論文題目
水素吸蔵性金属中の格子欠陥に於ける重水素の凝縮性挙動に関する理論的研究
論文の内容の要旨

 水素は金属中の不純物として最も単純な構造をしており、理論的な取り扱いが簡単である。 また、ある種の金属は水素やその同位体を非常に高い濃度で蓄積することが知られている。この性質は金属中への 水素の貯蔵や燃料電池の開発等に関連して工学的観点から興味の対象であるため、古くから理論的にも実験的にも 多くの研究がなされてきた。本研究は水素吸蔵性金属中の水素や重水素の量子状態を理論的に研究し、 特に、格子欠陥中に於ける重水素の凝縮性挙動を調べることを目的とする。

 最初に水素を多量に吸蔵する金属としてMgを選び、水素の存在状態を理論的に調べた。金属Mgは 六方最密充填(hcp)結晶を形成し、その中で2価の正イオンとなる。その際放出された電子がほとんど自由な伝導電子となる。 他方、水素はMg中で1価の正イオンとなり、Mg中の伝導電子がその周りに集まって遮蔽電子雲を形成する。 そこで、この電子雲の密度を密度汎関数法によって self-consistent に計算して求めた。その際、ある初期ポテンシャルから 出発して電子分布を計算し、ポテンシャルを再定義してケイ酸を繰り返し、最終的に self-consistent な解を得た。 ほとんど点電荷に近い水素イオンの周りで起こる強い遮蔽効果はこの方法により導入することができた。 この結果、 hcp Mg 中で八面体位置や四面体位置を結ぶパスに沿って水素は動き回り易いことがわかった。

 次に、Mgの場合と同様の手法を用いてPd中の重水素の存在状態を研究した。Pd原子は [4d105s0]という閉核電子構造を持っており、荷電子を持たない。しかし、金属の状態では 4d電子の一部が5s状態に移り、これが伝導電子となる。このモデルの下で、重水素とPd間のペアポテンシャルを求めた。 また、重水素間のペアポテンシャルは前述の遮蔽効果を考慮して求めることができた。 これらの方法でPd中の重水素イオン間の距離を計算すると、重水素分子の核間距離0.74Åよりも小さい0.66Åとなり、 遮蔽効果の影響が核間距離に顕著に現れることがわかった。

 次に、重水素イオンのBose粒子としての性質に注目した。重水素イオンは1個の陽子と1個の中性子からなり、 両者共に Fermi 粒子である。すなわち重水素イオンは偶数個の Fermi 粒子の複合体であり、Bose粒子と見なせる。 また、すでにN個のBose粒子が存在する時、もう1個のBose粒子を得る確率は、存在しなかった時のN+1倍と なることはBose粒子の基本的性質である。これは既にある粒子の存在がもう一つの粒子を得る確率を大きくすることを 意味する。すなわちBose粒子はかたまりを作りやすい性質を持つことになる。以上の性質を取り入れて この傾向の原因となる力を仮定し、その力が重水素の運動エネルギーを増加させるモデルを考えた。 ここでは重水素間の遮蔽された斥力ポテンシャルも考慮しているが、それでも、増加した運動エネルギーの影響で 重水素間のトンネル確率が高まることがわかった。

 最後に固体中の重水素による Bose-Einstein 凝縮(BEC)について研究した。BECはPauliの排他律に従わない マクロな数のBose粒子が基底状態に落ち込む現象であり、ある臨界温度 TC 以下で起こる。 この温度は粒子の数密度の2/3乗に比例するため重水素の存在確率から計算できる。現象が起こる場所としては 面心立方(fcc)Pd中で点欠陥が四面体状や八面体状に集まった場所を想定した。これらはいわゆるボイドであり、 格子欠陥の一種である。ボイドは四面体状や八面体状の形状になりうるので、本研究ではそのようなボイドの中で 6個ないし7個の重水素が結合体を形成すると仮定した。Equivalent Linear Two-Body Method を用いて多体問題を 取り扱い、TC を計算すると、Thomas-Fermi 遮蔽を考慮した場合100K程度の値となった。 さらに、伝導電子による極めて強い遮蔽効果を考慮して非線型遮蔽を取り入れると200K程度の比較的高温となることが わかった。

 以上の研究により金属中では伝導電子による遮蔽効果が水素の挙動に大きな影響をおよぼすことがわかった。 また、伝導電子による遮蔽効果及び重水素のBose粒子としての凝縮性挙動が原因となり、Pd中の格子欠陥中で 局所的に少数の重水素イオンによるBECが起こる可能性があることがわかった。