氏 名 服部 竜一 本籍(国籍) 愛知県
学位の種類 博士 (工学) 学位記番号 工博 第97号
学位授与年月日 平成17年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 工学研究科 物質工学専攻
学位論文題目 低温マトリックス単離法による BX3(X=F,Cl)とアセトニトリル及びメチルイソシアニドが 形成する分子錯体の振動スペクトルと構造
論文の内容の要旨

 不安定中間体の構造及び性質の解明は化学反応の全体像を明らかにする上で重要である。 そのような反応中間体である分子錯体に関しては、孤立系を対象にした研究が多いのが現状である。しかし、 工業的に用いられるような凝集相での反応を理解するためには、周囲の媒体の影響に着目した研究が必要であり、 分子種への影響について詳細に解明することが望まれている。例を挙げると、アセトニトリルと三フッ化ホウ素が 形成する分子錯体があり、分子性結晶物質でありながら気相と固相で分子間結合の強さが大きく異なり、 この原因について未だ解明されていない。このような不安定分子種を捕捉する手段の一つとして、マトリックス単離法が 挙げられる。この方法ではマトリックス媒体を変えることにより、分子種と周囲の環境との関係を、振動スペクトルから 検討できる点で期待されるところである。

 本論文では、BX3(X=F,Cl)とアセトニトリル及びメチルイソシアニドが形成する分子錯体を対象とし、 マトリックス単離法と分子軌道計算から錯体の構造、マトリックスの効果及びルイス酸の影響に関して、 その研究成果を7章にわたりまとめた。

 第1章では、研究の背景と目的について述べた。

 第2章では、アセトニトリルと三フッ化ホウ素が形成する錯体を Ar, N,2 及びXeマトリックス中に捕捉し、 振動スペクトルの測定を行い、錯体に由来する吸収の帰属を行った。その結果N中、特に三フッ化ホウ素の 面外変角振動領域においてマトリックス媒体の影響を顕著に受けることを実験的に明らかにした。また、分子軌道計算の 結果と振動スペクトルの比較から錯体の構造はCCNBが一直線であり、CH軸とBF軸がeclipsed型の C3V 対称であることを明確にした。

 第3章では、メチルイソシアニドと三フッ化ホウ素が形成する錯体を各マトリックス中に捕捉し、 振動スペクトルと分子軌道計算の結果から錯体の構造及び性質について検討した。振動スペクトルからは錯体形成に 由来する吸収を幾つか観測し、その帰属を計算結果をもとに行った。錯体の構造はメチルイソシアニドの末端C原子上に 三フッ化ホウ素のB原子がCNC軸上に配位するCNCBがC3 軸であり、CH軸とBF軸が eclipsed型のC3v 対称をとることを提案した。また、マトリックスの効果に関しては、N2中で 特に三フッ化ホウ素側の振動領域において吸収強度が弱く分裂することから、錯体がマトリックス媒体の影響を受けることを示した。

 第4章では、三フッ化ホウ素と同じルイス酸である三塩化ホウ素を用いて、アセトニトリルと形成する錯体に関して、 振動スペクトルからはCN伸縮振動及びBCl縮重伸縮振動領域に強度は非常に弱いながらも錯体の吸収を 観測した。これは、生成した錯体の量が少ないことが原因であると考えられる。錯体の構造は三フッ化ホウ素との錯体と 同様にC3v対称であることを振動スペクトルと分子軌道計算から決定付けた。また、マトリックスの効果については、 三フッ化ホウ素の場合とは異なり、各マトリックス中で振動数シフトにそれほど大きな差がないことから、媒体の影響は ほとんどないことを明らかにした。

 第5章では、メチルイソシアニドと三塩化ホウ素が形成する錯体の構造について、マトリックス単離した スペクトルからは、NC伸縮振動及びBCl縮重伸縮振動に錯体に由来する吸収を観測し、 これらの吸収の帰属を行った。錯体は三フッ化ホウ素であることを提案した。また、マトリックス媒体の影響は 三フッ化ホウ素錯体の場合とは異なり、各マトリックス中でその影響はほとんど見られないことを実験的に明確にした。

 第6章では、BX3(X=F,Cl)とアセトニトリル及びメチルイソシアニドが形成する錯体の 分子間相互作用についてこれまでの実験及び計算結果から検討した。アセトニトリル−BX及び メチルイソシアニド−BXに関してBN或いはBC結合距離に関して、アセトニトリル及び メチルイソシアニドともに、三フッ化ホウ素よりも三塩化ホウ素との錯体の方が結合距離が短くなるため、 相互作用が強いことを実験及び計算から明確にした。これはハロゲンの誘起効果から考えられる結果とは矛盾しているが、 HOMO-LUMOのエネルギー差から考えると三塩化ホウ素の方がエネルギー差は小さいため、電荷のかたよりによる 相互作用よりも軌道の重なりによる相互作用の方がこの系においては重要な要因となることが明らかとなった。

 第7章では、本研究の結果を各章ごとに要約し、その研究成果を述べた。

 以上、ハロゲン化ホウ素が形成する錯体に関して、分子種と周囲の環境との関係として、マトリックス媒体の 影響及びルイス酸の錯体への影響を実験的に明確にし、アセトニトリル−三フッ化ホウ素錯体及びメチルイソシアニド −三フッ化ホウ素錯体の様な相互作用の弱い錯体では周囲の媒体の影響が錯体の構造及び性質に対して重要に なることを明らかにした。