氏 名 由比 進 本籍(国籍) 高知県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連論 第87号
学位授与年月日 平成16年3月23日 学位授与の要件 学位規則第4条第2項該当 論文博士
学位論文題目 ハクサイおよびツケナの晩抽性育種に関する研究
(Breeding of bolting resistance in Brassica rapa L.)
論文の内容の要旨

 ハクサイの属する Brassica rapa L. は種子春化型植物であり、低温に遭遇すると 発芽直後から感応して生殖生長に移行する。このため、生育初期に低温期間を経過する作型では、収穫部分である 栄養器官が十分に成長する前に抽だいすると、収量や品質の低下を招く。このような早期抽だいの危険がある時期に、 加温や保温を行わずに安定して収穫できる晩抽性系統を育成する目的で、抽だいの開花に関する低温要求性と 長日要求性に着目して、研究を行った。

 B.rapa の7つの変種に属する18品種・系統を用いて、晩抽性の育種素材を検索した。子葉展開期の苗に 47日の長期低温処理を行い、その後25□16時間日長の人工気象室で栽培した。ハクサイの属するpekinensis グループの品種・系統は、やや早く抽だいしたが、「大阪白菜晩生」は供試した中でもっとも晩抽性であった。 rapifera グループに属するヨーロッパのカブは、ほとんどが晩抽性を示し、育種素材として有望であると考えられた。 また、低温処理を行わずに、25□16時間日長で栽培した対照区において、晩抽性で低温要求性が高いと考えられていた 「大阪白菜晩生」の30%の個体が抽だい開花した。この現象は、従来の「晩抽性=低温要求性が高い」という知見では 説明できないため、さらに検討が必要だと考えられた。

 低温要求性が高いために晩抽性であるヨーロッパの根こぶ病抵抗性試料カブ「77b」と日本型ハクサイ 「野崎2号」を交配した。その後代から根こぶ病抵抗性の晩抽性ハクサイ系統「CRLB27」を選抜した。 さらに晩抽性系統の育成するために、本系統の実生に38日間の低温処理を行った後にガラス室で栽培し、 晩抽性の個体選抜を行ない、自殖S1種子を得た。このS1系統をハクサイの播種限界より早く春播きし、 晩抽性と結球性等の実用形質で選抜を行ない、自殖S2種子を得た。さらに同様の選抜を行った後に、 晩抽性ハクサイ自殖系統「TS」と交配し、後代から晩抽性の「はくさい中間母本農6号(以下、農6号)」を育成した。

 「農6号」の低温要求性を明らかにする目的で、子葉展開期の苗に10~40日の低温処理を行った。 その結果、対象の晩抽性春播き用ハクサイ品種「はるさかり」が20日の低温処理に感応して抽だい開花したのに対して、 「農6号」の抽だいには40日と、ほぼ2倍の低温期間が必要であった。春播き栽培して比較したところ、 「はるさかり」は早期抽だいのため17%の個体しか出荷可能でなかったのに対し、「農6号」は抽だいが遅く 74%が出荷可能であった。球重は「農6号」が「はるさかり」より1割程度小さかった。「農6号」と「松島新2号」の 雑種を用いて、晩抽性の遺伝を調査した。その結果、F1は両親の中間よりやや早く抽だいし、 F2は両親の抽だい日の範囲内で連続的に分離した。また、F2集団内には「農6号」と同程度の 晩抽性を示す個体が1割程度出現したことから、実用品種育成のために本系統を用いて晩抽性を選抜することは 比較的容易であると考えられた。以上のように、本系統を用い既存の春播き用品種を上回る晩抽性品種の育成が可能で、 これによって加温・保温期間の短縮、播種限界の早期化、春ハクサイの低コスト安定生産が可能になると考えられた。

 前述したように、晩抽性の「大阪白菜晩生」が低温期間を経ずに抽だい開花した現象は、従来の知見では説明できなかった。 追試を行ったところ、供試した「大阪白菜晩生」の30%が抽だい開花し、本現象の再現性が確認された。そこでこれらの 個体から後代を集団採種し、さらにその系統の実生に低温処理を行ってから高温長日下で栽培し、低温に感応せず、 かつ高温長日で抽だい開花する個体の選抜を続け、「つけな中間母本農2号(以下、農2号)」を育成した。

 「農2号」の抽だい性を調査するため、低温処理の有無とその後の日長処理を組合わせた試験を行った。 12時間日長では栄養生長を続け、14時間日長では一部の個体に花芽分化が見られたが、正常な抽だい開花には到らなかった。 一方、16時間日長では全個体が抽だい開花した。以上から、「農2号」の抽だい開花を誘起する限界日長は、14時間程度 であると判断された。なお、低温処理による抽だい促進はわずかであった。播種後42日及び75日目の植物に79日間の 低温処理を行なったところ抽だい開花せず、 B. oleracea のような低温に関する基本栄養生長相は存在せず、 植物体の大きさに関わらず低温には感応しないと考えられた。抽だいに及ぼす日長処理時の植物体の大きさの影響を 調査したところ、長日処理後の開花到達日数は、植物体が大きくなるに従って半分程度まで短くなることが明らかになった。 すなわち、「農2号」は植物体の生育が進むほど長日に感応しやすくなると考えられた。「農2号」を晩秋播き露地越冬栽培 したところ、対照の「はるさかり」より4週間程度抽だいが遅かった。春播き栽培実験では、「はるさかり」が すべて抽だいしたのに対し、「農2号」は全く抽だいせず、極晩抽性を示すことが証明された。 「農2号」と「松島新2号」との雑種を用いて、晩抽性の遺伝を調査した。その結果、F1は両親の中間より やや遅く抽だいし、F2は両親の抽だい日の範囲内で連続的に分離した。また、F2集団内には 「農2号」と同程度の極晩抽性を示す個体が1割程度出現した。さらに、F2の極晩抽性個体の中には 非結球性の「農2号」とは異なり、ゆるやかな結球を示す個体も観察された。以上から、本系統を用い極晩抽性の 結球ハクサイを育成できる可能性が高いと考えられた。「農2号」と同じ極晩抽性を持つハクサイが育成されれば、 晩秋播き露地栽培という、既存の品種では不可能であった春ハクサイの新しい作型が成立すると思われる。