氏 名 田村 晃 本籍(国籍) 秋田県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連論 第86号
学位授与年月日 平成16年3月23日 学位授与の要件 学位規則第4条第2項該当 論文博士
学位論文題目 積雪寒冷地域における冬期葉菜類栽培に関する研究:特にホウレンソウとコマツナの耐凍性、糖およびアスコルビン酸に注目して
(Studies on leaf vegetable cultivation in the snowed cold region in winter with special emphasis on freezing tolerance, sugar and ascorbic acid contents of spinach(Spinacia oleracea L.) and komatsuna(Brassica rapa L.))
論文の内容の要旨

目的
 冬期に栽培作物の選択肢の少ない積雪寒冷地域において、周年農業生産体系の確立は重要な研究テーマである。 本研究は、周年農業生産を実現する上で制限要因となっている冬期における主要な葉菜類(ホウレンソウおよびコマツナ)の 生産技術を確立することを目的に行われた。そのために、まず、両作物の耐凍性について詳細に特徴を明らかにすると同時に、 耐凍性獲得に影響を与える様々な要因を調査した。その上で、対象となる地域における冬期の寒冷気象を活かして、 高品質を具えた両作物を安定して生産する技術を確立するための条件について詳細に検討を加えた。これらの結果から、 冬期に両作物を実際に栽培するためのガイドラインを作成することを試みることを目的とした。

1.ホウレンソウとコマツナの耐凍性
 5℃の10週間の低温遭遇により耐凍性(TEL50で評価)がホウレンソウでは -6.5℃から-17℃へ、コマツナでは-5.6℃から-18℃へ増大した。同時に、浸透濃度および適合溶質として 知られている糖含量、プロリン含量が両作物ともに高まった。一方、同じく適合溶質であるベタインは、ホウレンソウでは 含量が高まったが、コマツナでは検出できなかった。浸透濃度はホウレンソウでは375~750mmol/kg、 コマツナでは338~800mmol/kgの範囲内で、全糖含量はホウレンソウでは0.3~3.0g/100gFW、コマツナでは 0.3~3.5g/100gFWの範囲内で、全糖含量はホウレンソウでは0.3~3.0g/100gFW、コマツナでは0.3~3.5g/100gFWの 範囲内で、ホウレンソウのベタイン含量は70~150mg/100gFWの範囲内で、耐凍性(TEL50) との間に高い負の相関関係が認められた。以上の結果は、低温遭遇中に増加した浸透濃度、糖、ベタイン、プロリンが 両作物の耐凍性の増大に寄与していることを示唆している。
 ハウス栽培圃場におけるホウレンソウとコマツナの耐凍性は10月から次第に増大し、厳寒期に最大となり、 ハウス内気温が上昇した3月には減少した。両作物の耐凍性とハウス内の気温との関係を解析した結果、耐凍性測定前 7日間の最低気温を把握することで、その時点の耐凍性が推定可能なことが明らかになった。 この最低気温から耐凍性を推定する方法は、実際のハウス栽培において、両作物における凍結傷害を回避する気温管理方法の 判断材料に応用できると考えられる。

2.ハウス栽培におけるホウレンソウとコマツナの糖およびビタミンC
 ハウスで栽培されたコマツナにおいて低温処理を実施したところ、糖およびビタミンC含量が大きく高まった。 このことから、対象となる地域が寡日射下であっても、冬期の自然の低温条件が、コマツナの糖およびビタミンC含量を 高めるのに有効であることが明らかとなった。
 ホウレンソウとコマツナの糖およびビタミンC含量と栽培期間中の最高、最低および平均気温との関係を解析した結果、 両作物における上記成分は収穫前10日間の最低ないしは平均気温と密接な関係にあることが明らかになった。 この結果は、収穫前10日間の平均最低気温を-5℃程度で管理すると、糖とビタミンC含量の高いホウレンソウと コマツナを生産することが可能であることを示していた。

3.凍結傷害を回避して糖とビタミンC含量の高いホウレンソウとコマツナを生産する技術の確立
 1)凍結傷害の回避
 厳寒期にはホウレンソウとコマツナともに十分に低温馴化しており、凍結傷害を受ける危険性は小さい。 しかし、未だ十分に低温馴化していない初冬や、日中のハウス内気温が高まる早春に凍結傷害が引き起こされる危険性がある。 凍結傷害を回避するために、初冬においては、両作物の耐凍性程度を推定し、その耐凍性程度を上回る寒波の到来が 予想されるときに、緊急避難的に不織布などを施すことによって保温をはかることが有効であることが判明した。 しかし、長期間にわたって不織布などを用いて保温をすると耐凍性が増大せず、凍結傷害を受ける危険性が高まるので、 不織布の使用は短期間にとどめなければならない。一方、2月中旬以降、日中気温が上昇する場合はハウスを開放管理し 気温上昇を防ぎ、脱馴化を防止して耐凍性を維持することが重要である。ハウスを開放すると、最低気温は 密閉している時よりも1~2℃低下するものの、両作物の耐凍性は密閉しているよりも2~5℃向上し、凍結傷害の 発生可能性は密閉ハウスよりも少なくなることが明らかとなった。従って、ハウスを開放することによる凍結傷害発生の 危険性はない。

 2)糖とビタミンC含量の高いホウレンソウとコマツナの生産技術
 ホウレンソウとコマツナを最も品質が良く商品価値が高い1月上旬から出荷するためには、地域に適した草丈伸長管理指針を作成し、 それに基づいて両作物の草丈伸長をコントロールした上でハウス内気温が5℃に低下する頃までに出荷できる草丈までに 育てる必要がある。そのためには、上記で述べた凍結傷害を回避する方法と同様に、寡日射下になる日本海側において、 長期間にわたって不織布のべたがけやトンネルで保温を実施すると、糖とビタミンC含量が高まらないので、 長期間の保温は避けたほうが良いこと、逆に、ハウスを開放しハウス内に外気を導入することにより、ホウレンソウ、 コマツナの糖とビタミンC含量の高いホウレンソウとコマツナを生産できること、が明らかになった。

以上の結果は、凍結傷害発生を制御した上で、糖やビタミンCを多量に含む高品質のホウレンソウとコマツナを 積雪寒冷地域で生産することが可能であることを明らかに示している。さらに、本研究によって、そのような作物を 農家に栽培を促すための栽培ガイドラインを提供できるようになった。