氏 名 岡本 吉弘 本籍(国籍) 北海道
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連論 第83号
学位授与年月日 平成16年3月23日 学位授与の要件 学位規則第4条第2項該当 論文博士
学位論文題目 イネの浮遊葯培養における培養効率の改善に関する研究
(Study on the floating anther culture of rice with reference to improvement of culture efficiency.)
論文の内容の要旨

 1962年にGuha and MaheshwariがDatura innoxiaの葯を培養して胚葉体を誘導することに 世界で初めて成功して以来、現在までに170種以上の植物で葯培養法により半数体が作られている。 イネではNiizeki and Oonoが1968年にはじめて葯培養により半数体を作出した。 以来、イネ育種の現場でも実用技術として用いられるようになり、これまでに25を超える品種・系統が育成されている。 しかし、現行の葯培養法では稔実植物再分化率が全国の試験機関の平均で1.3%と低く、その改善が望まれている。 本研究は、イネ葯培養における効率の向上を目的として、とくにカルス形成率は高いが再分化率の低い浮遊葯培養法での 培養効率の改善のために一連の実験をおこなった。

 北海道の水稲品種キタアケ、きらら397、ゆきひかりおよび彩を供試した。円形16粒播きでポット栽培した イネをガラス室で主桿穂のみを養成し、一定範囲の葉耳間長をもった穂の特定位置の12穎花から72葯を採取した。 葯をカルス誘導(液体培地で35日間)-カルス増殖(寒天培地で7日間)-植物体再分化(寒天培地で60日間)の 三段階培養法で、25℃・3000lx・12hrの照明下で培養した。

 培養適期の花粉の発育ステージを明らかにするために、はじめに発育ステージを光学顕微鏡の観察から1核前期、 1核中期、1核後期、2核前期、2核後期、3核期の6段階に区分した。カルス形成率が最も高かったステージは、 花粉の内外の膜が二重に見え、細胞質が充実していて核が細胞の中心に位置する1核中期であった。ついで花粉内に 1個の大きな液胞が形成され、核は液胞の外側に位置する1核後期であった。育種現場では1核中~後期の葯を培養するのが よいと考えられた。このステージの葯を簡便で効率よく選ぶ方法として、きらら397では穎花長5.3mm以上で 葯先端長/穎花長の比が0.42以下を指標に用いることができる。これにより1核中~後期の花粉を含む葯を81~88%の 高い確率で選ぶことができた。

 現行法では、培養を昼夜恒温条件で行っているが、昼夜変温条件での培養効率を検討した。カルス誘導期に昼30℃/ 夜20℃の変温条件で培養すると、カルス形成率が恒温に比べて1.2~1.9倍に向上した。 さらにアルビノ植物の発生が少なかった。再分化期の昼夜変温は緑色植物再分化率を1.1~1.4倍に増加させた。 カルス誘導から再分化までを昼夜変温で培養するとカルス形成率が1.6倍に、緑色植物再分化率を1.4倍に、両者を 合わせた葯当たりの緑色植物再分化率は2.4倍に向上した。

 通常、培養器のシャーレをパラフィルムで封じて培養が行われるが、これを使わずに培養したところ、 カルス形成率が1.6~3.8倍に増加した。同様にカルス増殖期のシャーレと再分化期の試験管をパラフィルムで封じないで 培養すると緑色植物再分化率が1.1倍に向上した。パラフィルムは培地のコンタミネーションと蒸発・乾固の防止のため 使用されるが、不使用の場合には培養シャーレの下に濾紙をひき、適宜滅菌水を補給し、シャーレにガラス蓋をする 二重チャンバー法でコンタミネーションと蒸発・乾固を防止することができる。

 培地当たりの置床約数が多過ぎると葯壁からの阻害物質がカルス形成を抑制することが知られている。 イネの浮遊培養における最適な葯密度明らかにするために葯数変動実験を行った。カルス誘導期の葯密度が 0.9~6葯/培地mlでは密度の低下に伴いカルス形成率は高くなり、3葯から1.5葯に下げるとカルス形成率は1.2~2.1倍に向上した。

 液体培地で誘導したカルスを再分化用の寒天培地に移植する時に、カルスに付着した液体培地を1~2秒間濾紙で 拭き取るという簡単な操作により、緑色植物再分化率が1.4~1.7倍に向上した。この理由として、液体培地の2,4-D濃度が 増殖培地の5倍も高いことが関係していると考えられるが、その理由は今後の検討課題である。

 液体培地中に出現するカルスには、花粉に由来する花粉起源カルストそれらが分割して増えた分割起源カルスの 2種類があった。置床後7日目には実態顕微鏡下ではカルスの形成が認められなかったが14日目にはじめて花粉起源 カルスが観察された。これ以降、分割起源カルスも形成され両者が増えていくと考えられる。分割起源カルスが半分近くを 占めていることが浮遊培養のカルス形成率の高いことと関係があると考えられるが、一方、分割起源カルスは遺伝的に 重複している可能性があり検討課題である。

 本研究では培養技術の改善効果を個別に確認するにとどまったが、これらを組み合わせることでより大きな効果が期待される。 本研究で得られた技術的改善はいずれも実施が容易なので、育種現場ばかりでなく研究の場でも培養効率の向上に有効な手段である。