氏 名 吉村 正志 本籍(国籍) 神奈川県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第294号
学位授与年月日 平成16年3月23日 学位授与の要件 学位規則第4条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物環境科学専攻
学位論文題目 Taxonomic Studies of Japanese Male Ants(Hymenoptera:Formicidae) and Practical Use of Their Morphological Information
(日本産雄アリの分類学的研究とその形態情報の実践的利用)
論文の内容の要旨

 アリは顕著なカースト(階級)を持つことで知られている。各カーストには一般にコロニー内で それぞれ特化した役割をもっており、そのため種内でもカーストの違いは大きな形態的差異を生みだしている。 従来、アリの分類はほとんどが使役カーストである働きアリによってなされてきたため、それ以外のカーストに関しては 形態情報が乏しい。特に、年間の限られた時期のみに生産される雄アリの情報は不足しており、同定させも難しいのが現状である。

 この雄アリの分類は、従来のアリ類の分類体系はもとより、生態系の中で大きな役割を担うアリ類の生態学的な 利用技術に広く貢献するだろう。雌カーストである働きアリや女王アリとは大きく異なる雄アリの形態情報は、 より総合的な分類体系構築に大きな力を発揮する。また雄アリの同定技術の確立は、ライトトラップなどの、 簡便で環境への負荷が少ない方法によるアリ相の解明を可能にし、ひいてはアリ類の環境指標生物としての利用へ道を開く。 さらに、生態系の中で餌資源としても重要な役割を担う雄アリの同定技術は、捕食者である多くの生物の 生息環境解明にも力を発揮するだろう。

 そこで本研究では、日本産の雄アリの形態検討を行ない、抽出された雄アリの形態情報の体系化をを行なった。 さらに、それらの分類および生態学的な利用の実践を試みることを目的とした。

 1.日本産雄アリの亜科および属への検索表の作成
 日本産全7亜科、56属中46属を含んだ検索表を作成した。本検索表は、ウェブサイト上の日本産アリ類 画像データベース上にも公開している。また、検索表作成に伴う日本産雄アリの形態検討から、頭部、胸部、腹部 それぞれより分類に有用な形質を発見し、それらについての検討を行なった。ウロコアリ属とアゴウロコアリ属に関しては、 雄の頭部後縁の毛の状態が、両属を分けるのに有用であることが示唆された。

 2.雄アリの形態情報による、日本産アリ類の分類学的研究
 日本産カギバラアリ属と日本産アギトアリ属という2つの属を対象に、雄の形態情報を含めた総合的な形態情報から 分類学的な検討を行なった。カギバラアリ属においては、働きアリと雌アリから取り出せた13の形質に対し、 雄アリからは12の分類形質が抽出された。雄の形態検討によって、各種を分ける形質の数が倍増し、日本産 カギバラアリ属4種がより明瞭に区別された。アギトアリ属の再検討においては、より安定した有用な分類形質が 雄の形態から多数発見され、これにより日本産の2種がこれまでOdontomachus Monticolaのシノニムと されてきたがそれぞれ独立種とすべきO.formosaeO.kuroi waeであるという結果を得ることができた。 さらに、これまで働きアリのみの検討では種内の変異として扱われてきた個体群間にみられる頭部、前胸背面、 および中胸側板の彫刻の差が、雄アリの形態情報によってより明確に種間の形態差であると評価することに成功した。

 3.雄アリの形態情報を含む総合的なアリ類の形態情報を用いた、ニホンアリスイの糞分析
 本研究は、雄アリの形態情報の応用的な利用の一例として行なわれた。従来蓄積されていた雌カーストの形態情報に、 十勝に生息する種の雄アリを加えたことで、よりきめ細かい分析が可能となった。 全体で13種のアリ類がニホンアリスイ4巣の糞およびペリット中から発見され、そのうちの9種がニホンアリスイの 餌項目としては初記録となった。わずかに1種ではあったものの、雄アリのたったひとつの腹柄節からクサアリモドキの 同定に成功した。同定された餌種のアリ類の営巣環境から、アリスイJynx torquilla japonica の採餌生態を 推測し、ヨーロッパ個体群のユーラシアアリスイのそれと比較を試みることで、これまで示唆されている両亜種の シノニム関係を考察した。雄アリの形態情報の蓄積は、アリスイのようにアリ類を餌資源として利用している動物の より詳細な生息環境解析に大きく寄与するだろう。