氏 名 LI, Zhuang
李  壮
本籍(国籍) 中国
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第285号
学位授与年月日 平成16年3月23日 学位授与の要件 学位規則第4条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物環境科学専攻
学位論文題目 さび菌の生活環および分類学に関する研究
(Studies on Life Cycle and Classification of Rust Fungi)
論文の内容の要旨

 植物分類学上さび菌は真菌門~担子菌亜門~さび菌綱~さび菌目に属する植物寄生菌の一種である。 さび菌の生活史は複雑である上に、形態も多種多様にあるので、学術的に興味ある研究課題を提供しており、 しかも植物病害防除の観点から見ても、さび菌の生態研究は基礎資料の構成に大いに役立つことである。 当研究室では、作物病防除の基礎資料を得るために植物寄生菌フロラ調査を行っている。今回その一環として、 ハマヒルガオ(Calystegia soldanella(L.) Roem. et Schult)、エゾアジサイ(Hydrangea macrophylla var. megacarpa)およびゼラニウム(Pelargonium×hortorum L. H. bailey)に寄生する 3種さび菌の生活環および分類学に関する研究を行った。

①日本でハマヒルガオに寄生するさび菌はこれまでヨーロッパのヒルガオ類さび菌と同一種と考えられ、 Puccinia convolvuliとして取扱われてきた。今回形態学的観察、接種実験および遺伝子分析に基づき、 ハマヒルガオ上のさび菌の分類学的再検討を行った。世界各地で採集された多数の標本を観察した結果、 ハマヒルガオ上のさび菌は他のヒルガオ属植物とセイヨウヒルガオ属植物上のP. convolvuliとは 明らかに形態的に異なることが認められた。夏胞子世代において、ハマヒルガオ上のさび菌の夏胞子はほかのヒルガオ属植物と セイヨウヒルガオ属植物上のさび菌の夏胞子より大きくてかつ胞子の膜は厚い。そして胞子堆中の側糸はより発達している。 冬胞子世代において、ハマヒルガオ上のさび菌の冬胞子堆は散在し、時に同心円に形成される。 冬胞子は楕円形あるいは広楕円形、先端円形、より長い永存性の柄を持っている。 それと対照的に、ほかのヒルガオ属植物とセイヨウヒルガオ属植物上のさび菌の冬胞子体は散在し、同心円状に形成されない。 冬胞子は楔形あるいは棍棒状、先端鈍形、やや脱落性の柄を持っている。また、夏胞子の交互接種試験の結果により、 ハマヒルガオ由来のさび菌はハマヒルガオに寄生性を示したが、ヒルガオには寄生性を示さなかった。 さらに、ヒルガオ上のP.convolvuliとハマヒルガオ上のさび菌のrDNAのITS領域における塩基配列を解析した結果、 両さび菌には17ヶ所の差異が認められた。以上の結果から、ハマヒルガオに寄生するPuccinia属さび菌を 新種Puccinia calystegiae-soldanellae Z. Li, F. Nakai & Y.Haradaとして記載した。

②エゾアジサイに寄生するさび菌は1998年に原田・藤田によって初めて報告された。当時、感染した新梢が 全身的に発病することから、新梢さび病の名をつけ、さび胞子堆の構造はAecidium属に所属すること、また、 さび胞子表面に大形で脱落性のいぼがあることからカヤツリグサ科あるいはイネ科に寄生するPuccinia属 さび菌のさび胞子世代ではないかと見なされたが、生活環は不明である。 今回、青森県内各地で採集したエゾアジサイ新梢さび病菌のさび胞子を用いて、胞子発芽に伴う核行動を観察すると共に、 罹病部の解剖学的観察ならび同菌の核相についての細胞学的観察を行った。さらに、本菌の生活史を解明するため、 本菌のさび胞子を用いてカヤツリグサ科に属するスゲ類植物およびエゾアジサイへの接種実験を行った。 胞子発芽に伴う核行動についての観察では、護膜細胞は2核であったが、成熟したさび胞子の多くは1核を有していた、 発芽に際してさび胞子から1本の発芽管が伸長し、胞子内の1核は発芽管へ移行した。それから、発芽管内で核分裂が 起こり、2核になった。そして、発芽管内の2核がさらに分裂し、4核になった。その後、発芽管は隔壁によって 4細胞に分かれ担子器様構造となり、それぞれの細胞は1個の核だった。その後、各細胞の1核は側面から生成された 侵入糸様の菌糸へ移行した。一方、罹病部の解剖学と細胞学的観察の結果では、寄生植物組織内の菌糸細胞や吸器、 胞子堆基部組織の菌糸細胞はいずれも1核の状態であった。なお、本病菌のさび胞子を用いて疑わしい2,3のスゲ属 植物に接種した結果は陰性であった。一方、エゾアジサイに対する接種は約1年の潜伏期を経て新梢に発病が見られた。 この結果は細胞学的観察からの同種寄生性短世代型さび菌であろうとの推論と一致した。以上のことから、エゾアジサイに 発生する新梢さび病菌はEndophyllum属に所属させるのが妥当である。

③2002年8月、青森県弘前市の一民家の庭でゼラニウムに寄生するさび菌を採集した。 形態学的観察と接種実験を行い、本菌を主に欧米に分布するPuccinia pelargnii-zonalis Doidgeと同定した。 また、接種実験で本菌は冬胞子世代を形成しなかったこと、そして今まで精子世代とさび胞子世代は不明であることから、 本菌の生活史についてさらに研究する必要があることが示唆された。日本ではゼラニウムにさび病が発生したという 報告はなく、日本における初めての発生報告である。