氏 名 伊藤 大輔 本籍(国籍) 北海道
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第276号
学位授与年月日 平成16年3月23日 学位授与の要件 学位規則第4条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物資源科学専攻
学位論文題目 コケ培養細胞中のイソプレノイド生合成におけるメバロン酸経路と デオキシキシルロース5-リン酸経路のCross Talk
(Cross Talk Between Mevalonate Pathway and Deoxy-D-Xylulose 5-phosphate Pathway in Isoprenoid Biosynthesis in Liverwort-Chain Elongation of Exogenous Geraniol)
論文の内容の要旨

 コケ培養細胞内におけるメバロン酸(MVA)、デオキシキシルロース5-リン酸(DXP) 両経路の細胞内での局在を明らかにし、また、イソプレノイド生合成中間体のプラスチド膜輸送に関する知見を 得ることを目的として、タイ類、Heteroschyphus planus 振とう培養細胞への[1-13C]セリン、 [3-13C]セリンの投与実験を行った。13Cセリンを投与した後、葉緑体内で生合成される イソプレノイドとしてクロロフィルフィチル側鎖を、一方、葉緑体外で生合成されるものではスティグマステロールを それぞれ分離し13C標識パターンを決定した。

 クロロフィルフィチル側鎖の標識パターンは、[1-13C]セリン投与の場合 IPPユニットのC-4が、 [3-13C]ではIPPユニットのC-1,C-5が強く標識され、セリンが非MVA経路を経由して代謝されたことを示した。 一方、スティグマステロールへの[3-13C]セリン投与の場合、IPPユニットのC-2,C-4,C-5が強く標識され、 MVA経路を経由したことを示す標識パターンであり、タイ類においても両経路が高等植物と同様に局在していることが 示された。また、それぞれの標識パターンは明確に異なり、標識セリンは細胞内における両経路の検出に有用な ツールとなることが示された。

 また、葉緑体内でのイソプレノイド合成においてのみ還元的ペントースリン酸サイクルが主な原因と考えられる ラベルのランダム化が観察され、サイトゾルでのイソプレノイド合成ではラベルのランダム化のレベルは極めて低いものであった。 従って、DXP経路に用いられる前駆体は、一方のMVA経路に用いられる前駆体とは、合成される部位もしくは 時期などが異なることが示唆された。さらに、光条件下においては、葉緑体内で生合成されたIPP、もしくは、 より鎖長延長されたプレニル二リン酸が葉緑体の外へは輸送されていないことが示唆された。

 次に、重要なイソプレノイド生合成中間体であるGPPと容易に相互変換し、かつ疎水性のプラスチド膜を 容易に通過し得ると予想されるGOHに着目し、タイ類、Ptychanthus striatus 培養細胞を用いて 外部投与GOHの鎖長延長について検討した。また、 P. striatus 培養細胞によってGOHから代謝される、 その他の生物転換物について検索を行った

 [1-14C]GOH投与実験の結果、投与した[1-14C]GOHの約40~50%が P. striatus 培養細胞中に取り込まれ、逆相TLC分析により、GOH、ファルネソール、ゲラニルゲラニオール、フィトールに 放射活性が検出された。また、分離したクロロフィルフラクションの加水分解によって得られたフィトールには、 投与した[1-14C]GOHの約0.3%が取り込まれ、P. striatus 培養細胞中に取り込まれた [1-14C]GOHの0.5~1%程度がフィトールへと代謝された。

 これらの結果は P. striatus 培養細胞中に取り込まれたGOHが、より長鎖のプレニルアルコールの 生合成に利用されることを明らかに示し、GOHがGPPへとリン酸化された後、ファルネシル二リン酸、 ゲラニルゲラニル二リン酸へと鎖長延長されることを示唆する。葉緑体において生合成されるフィトールに 14C標識が取り込まれたことから、GOHがプラスチド膜を通過してプラスチド膜輸送に関与している 可能性が支持された。

 GOHが投与したP. striatus 培養細胞より得たペンタン-Et2O溶出画分のGC-MS プロファイルを非投与のものと比較した結果、主要なピークが新たに生じ、マススペクトルおよび市販標品との 比較により(2E)-geranioic acid であると同定した。また幾何異性体であるネロールへの異性化が認められた。 さらに、GOHの6位二重結合が7位へと転移した(2E)-3,7-dimethyl-2,7-octadienol(DMOOH)と保持時間 およびマスクロマトグラムパターンが一致するピークが痕跡程度認められた。

 これらの結果より、P. striatus 培養細胞中においては、外部投与GOHは主として(2E)-geranio ic acidへと生物転換されることが明らかとなり、さらに、二重結合位置の異性化によりDMOOHが生成する可能性が 示唆された。同様にDMOOHの投与実験では、主として(2E)-3,7-dimethy 1-2,7-octadienoic acidへの生物転換が 観察され、P. striatus がDMOOHを利用し得ることが明らかとなり、天然におけるDMOOH生成の 可能性を支持する結果となった。