氏 名 加藤 千裕 本籍(国籍) 三重県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第273号
学位授与年月日 平成16年3月23日 学位授与の要件 学位規則第4条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物資源科学専攻
学位論文題目 プラナリアの再生過程における走行運動の機能回復に関する研究
(Studies on the motility recovery during the process of regeneration in freshwater planarians.)
論文の内容の要旨

 プラナリアは系統分類学的にみて集中神経系、左右相称性を獲得した起源的な動物であると 考えられている。しかし、系統学的に重要な位置を占めるプラナリアではあるが、脳統合と運動との関連について 十分な理解は得られていない。本研究では、プラナリアの脳と運動との関係について、さらなる洞察を得ることを 目的として、再生過程における運動機能の回復という観点から、行動学的、形態学的、組織学的研究を行った。

 行動学的研究においては、プラナリア虫体および切断片の移動速度を測定することにより、運動の定量的解析がなされた。 はじめに、虫体長と速度との間の関係が調べられ、統計学的検定の結果、有意な相関が認められなかったことから、 虫体の移動速度は体長によらないことが示された。次に、無傷個体の速度を32日間、長期的に測定した結果、ほぼ 一定の速度で移動することが認められた。咽頭基部より後ろ側では頭部形成能をもたないイズミオオウズムシを用いた 再生実験では、尾部再生体の運動機能は、新たに頭部が形成されるにつれ、しだいに回復するが、頭部形成不能尾部片においては、 回復傾向がみられないということが示された。再生能力の強いナミウズムシにおいては、尾部片、咽頭前部域を含む 切断片は、再生過程において顕著な運動機能の回復傾向を示した。頭部片の運動機能は切断後まもなく回復した。 これらの結果からは、運動に関する頭部の機能的重要性が示唆された。さらに、頭部辺縁を切除された虫体では、 辺縁部の再生以前に運動機能の回復がみられたことから、頭部の中でも、辺縁部は運動に関与しておらず、 脳のある中央部が重要であることが示唆された。

 形態学的研究においては、運動解析のなされたナミウズムシ尾部再生体に対し、再形成している頭部の外形を 定量化することにより、再生頭部の形態変化を追跡した。これに基づいて、頭部形態の復元過程と運動機能の回復過程との 対応付けを試みたところ、有意な相関関係が認められ、この実験からも、運動機能に頭部が関与していることが示唆された。

 組織学的研究においては、再生過程における脳の成長追跡が行われた。これは、左右相対称性を利用して、 ナミウズムシの頭部右半分を切除して再生させ、シッフ試薬により脳の染織を行い、再形成している右脳を左脳と 比較することによってなされた。さらに、この染色像に基づいて、再形成している右脳と左脳の占める領域の面積を 測定することにより、再生成脳の成長が定量的にとらえられた。その結果、再生中の脳が、ほぼもとの形態に復元するのに 約2週間かかることが示され、この期間は、断頭された尾部再生体の運動機能が、初期レベルまで回復するのにかかった 日数に対応していることが確認された。

次に、無脳再生体を得るために、脳が眼を誘導するという報告や、咽頭基部に近づくほど頭部形成率が減少するという イズミオオウズムシの頭部形成能に着目して、再形成した頭部の再生型が無眼型となるような再生実験を行った。 その結果、尾部片から無眼再生体を得ることができ、この再生体には、正常個体にみられるような脳構造は認められなかった。 運動の様子を観察したところ、運動性は著しく不活発であった。

これらの結果からも、プラナリアの運動能を活性化するという機能において、脳が重要な役割を果たしていると いうことが示唆された。

また、プラナリアの運動性は、繊毛や筋肉の活性に基づいていると考えられていることから、走査型電子顕微鏡で 腹側表皮の繊毛の観察を行った。イズミオオウズムシとナミウズムシでの検鏡の結果、繊毛の分布密度が頭尾軸に沿って 減少する傾向が示された。イズミオオウズムシ尾部再生体において、再形成頭部の繊毛数の変化を調べた結果、 頭部片の頭部における繊毛数と同程度の本数になるのに、約2週間かかることが示された。これらの実験により、 頭部片と尾部片の走行運動の速度の差や回復傾向は、繊毛の数にも依存している可能性が示唆された。 イズミオオウズムシ無眼再生体の頭部領域を観察した結果では、吸着器官の分化が認められず、繊毛は、 頭部中央領域から旧組織にかけて生じていたが、頭部前方領域では、ほとんど観察されなかった。 この無眼再生体も、運動の不活発さから無脳であると考えられ、頭部に運動の推進力となる繊毛が生えているだけでは、 運動能は活性化されないということが推測された。

 本研究では、プラナリアの再生過程において、運動機能は頭部形成に関係して回復するという定量的証拠を 与えるとともに、脳が、運動機能中枢として重要な役割を果たしているという高等動物での見解が、プラナリアに おいても適用され得ることを実験的に示した。系統学上、最初に集中神経系を獲得したとされている動物で、すでに、 脳は運動能と密接に関連していたというデータは、神経系の発達についての洞察を得る上で、寄与できる知見と なり得るであろう。