氏 名 伊藤 聖子 本籍(国籍) 秋田県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第269号
学位授与年月日 平成16年3月23日 学位授与の要件 学位規則第4条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物資源科学専攻
学位論文題目 果実類細胞壁多糖キシログルカンの構造解析およびその生理機能検索
(Studies on the structural and physiological function of xyloglucans from the fruit cell walls)
論文の内容の要旨

 近年、生活習慣病の増加とともに、機能性食物因子の研究がさかんである。 果実類は、水溶性ならびに不溶性食物繊維を同時に含有しており、果実を食すことは有効な食物繊維の給源となる。 食物繊維は細胞壁多糖に由来し、果実の生長・成熟の過程において、その壁多糖成分が分解酵素などによって水解され、 多糖分子の低分子化などの修飾が起こっていることが知られている。果実の機能性食物因子や成熟過程における 壁変化として、ペクチンなどに関して広く研究されているが、ヘミセルロース多糖については不明な点が多い。

 本研究では、果実細胞壁における、ヘミセルロース多糖のキシログルカンに注目し、その詳細な化学構造を 解析するとともに、成熟の過程で遊離してくる多糖断片の新たな生理機能検索の一つとして、ヒト大腸癌培養細胞の 増殖に対する影響について検討することを目的とした。

1.市販果実の水不溶性多糖構成キシログルカンの構造
 キウイ、イチゴ、モモ、カキ、アボガド、プルーン、リンゴ、イチジク、バナナ、パイナップルおよびミカン、 以上11種類の果実可食部から水不溶性多糖画分を調製した。11種の果実類から抽出したヘミセルロース(HC-Ⅱ) 画分にキシログルカンが確認されたので、これを試料とし、電気泳動的に均一に精製した Geotrichum sp. M128 由来 Xyloglucanase および Eupenicillium sp. M451由来 isoprimeverose-producing oligoxyloglucan hydrolase (IPase)を用い、オリゴ糖断片に分解した。生成オリゴ等をHPAECとMALDI-TOF-MS法を組み合わせ、 構造解析を行った。その結果、果実類のキシログルカンはそれぞれ、XXXG(7糖,Glc:Xyl=4:3)、XXLG(8糖、 Glc:Xyl:Gal=4:3:1)、XLXG(8糖、Glc:Xyl:Gal=4:3:1)、XXFG(9糖、Glc:Xyl:Gal:Fuc=4:3:1:1)、 XLLG(9糖、Glc:Xyl:Gal=4:3:2)、XLFG(10糖、Glc:Xyl:Gal:Fuc=4:3:2:1)を主要オリゴ糖単位として有しており、 その種によって、キシログルカンを構成するオリゴ糖の含有比がかなり異なっていた。果実の細胞壁多糖は、生育・成熟の 過程における構造変化が示唆されるため、生育時期(収穫時期)の異なる果実での、キシログルカンの量的な変化や、 構成オリゴ糖の割合を比較するなど、その詳細について検討する必要があると考えられた。

2.リンゴ果実の生育中におけるキシログルカンの構造変化
 リンゴ果実を用い、そのなかでも軟化しやすいとされている品種‘スターキング・デリシャス(SKD)’の細胞壁から、 生育過程におけるキシログルカンの構造変化について検討した。未熟期(Aug.1)、成熟期(Oct.10およびOct.25)、 完熟期(Nov.10)の果実可食部から水可溶性と水不溶性細胞壁多糖画分を得、それぞれキシログルカンを調製した。 これを2種の酵素(XyloglucanaseおよびIPase)を用い、オリゴ糖断片に分解し、構造解析を行った。その結果、 リンゴ果実の水可溶性・水不溶性細胞壁画分のキシログルカンは、いずれも、XXG(5糖、Glc:Xyl=3:2)、 XXXG,XXLG,XLXG,XXFG,XLLG及びXLFGなどを主要オリゴ糖単位として有していた。 果実の生育が進むにつれて、水不溶性キシログルカン多糖画分では、構成糖比率でフコース含量の減少、 フコース含有オリゴ糖単位(XXFGとXLFG)の減少がみられ、生育の過程において、キシログルカンの側鎖から 非還元末端フコースが遊離していくことが示唆された。また、水可溶性および不溶性キシログルカン多糖画分構成 オリゴ糖単位のXXGが増加、特に水可溶性キシログルカンにおいて著しい増加を示していた。これは、SKDの 生育過程における、細胞壁キシログルカンの構造変化を示唆するものであった。

3.果実類の可食部水可溶性画分のヒト大腸ガン培養細胞に対する影響
 7種(リンゴ、キウイ、イチゴ、カキ、アボカド、バナナおよびパイナップル)の果実可食部から 水溶性画分を調製し、オリゴ糖分析と、ヒト大腸ガン培養細胞(COLO201)に対する増殖抑制効果について検討した。 その結果、種によってガン細胞の増殖抑制効果が異なっていた。抑制効果の高かった画分の糖組成分析より、 種によって含まれている多糖断片に違いがみられた。リンゴの水可溶性画分には、キシログルカンオリゴ糖断片が 含まれると考えられ、その画分はヒト大腸ガン培養細胞に対して強い増殖抑制効果を示した。
総合考察
 日常摂取植物性食品中の食物繊維は、細胞壁多糖に由来する。本研究では、果実類細胞壁多糖の キシログルカンに注目し、果実類の水不溶性多糖画分のキシログルカンの構造を解析した結果、種間で キシログルカン構成オリゴ糖比が異なるのがわかった。しかし、果実の成熟度の違いによるものである可能性も 考えられたので、収穫時期の異なるリンゴ果実のキシログルカンについて、水可溶性と水不溶性キシログルカンの 構造を解析し、生育中におけるキシログルカンの構造変化(低分子化および可溶化)が示唆された。 キシログルカンの構造変化にはさまざまな酵素が関与していると考えられるが、その過程において、 キシログルカン多糖断片が可溶化し、オリゴ糖などが遊離してくると考えられた。そして、果実可食部から 調製した水可溶性画分中のオリゴ糖画分に、ヒト大腸ガン培養細胞増殖抑制効果が見出された。しかし、 オリゴ糖断片の種類によって、増殖抑制効果に違いがあることも知られている。本研究で、果実は成熟過程で 多糖が低分子化および可溶化することを示唆しており、活性の違いが果実の成熟度の違いによる遊離多糖断片の 違いに起因する可能性が考えられた。したがって、熟度の異なる果実での活性や、遊離オリゴ糖の種類による 比較が今後必要と思われるが、本研究は、果実のオリゴ糖レベルでの新たな生理機能を示したものと考える。