氏 名 | 赤坂 弘 | 本籍(国籍) | 青森県 |
学位の種類 | 博士 (農学) | 学位記番号 | 連研 第267号 |
学位授与年月日 | 平成16年3月23日 | 学位授与の要件 | 学位規則第4条第1項該当 課程博士 |
研究科及び専攻 | 連合農学研究科 生物資源科学専攻 | ||
学位論文題目 | 水田土壌中のメタン生成微生物生態系における植物残渣分解に関わる嫌気性細菌群集に関する研究 (Study on the anaerobic bacterial community in the methanogenic microbial ecosystem associated with degradation of plant residue in paddy soil) |
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論文の内容の要旨 | |||
水田は強力な温室効果ガスの一つであるメタンの主要な発生源である。 湛水水田土壌などの無酸素環境下には、メタン生成古細菌等の偏性嫌気性微生物を含む多様な微生物により 構成される嫌気性微生物群集が発達する。メタンは、微生物群集の働きによる有機物分解過程の進行に伴って 生成される酢酸やH2+CO2を主な基質として、メタン生成古細菌により生成される。 特に、水田土壌中にすき込まれた稲わら等の植物残渣は、高密度で嫌気性細菌が分布し、水田土壌中で最も活発な メタン生成の場となっているが、こうした植物残渣上に分布する嫌気性微生物群集に関する知見は非常に少ない。 従って、水田土壌中の植物残渣に分布する微生物群集の構造と機能を明らかにすることは、微生物生態学的にも 地球環境科学的にも大きな意義がある。 本研究では、過去20年近く稲わらが連用された試験水田から採種した植物残渣(稲わらと刈り株)から 分離された47菌株の発酵性嫌気性細菌を用いて、以下の検討を行った。 1.全47菌株の16S rRNA遺伝子(rDNA)の塩基配列の比較による系統解析では、その約55%が Actinobacteria門のセルロース分解性の属であるCellulomonasの種に近縁であり (Cellulomonas-like グループ)、残りの菌株のほとんどをActinobacteria門のプロピオン酸生成 グループやBacteroidetes門のPrevotella属の種に近縁なグループ(Prevotella-like グループ)等が占めており、植物残渣に分布する培養可能な嫌気性細菌群集の構造が、系統学的には比較的単純で あることが明らかになった。最優占グループのCellulomonas-likeグループの菌株がグルコースから、 酢酸と共に、同じくメタン生成の基質となるギ酸を生成し、Prevotella-likeグループの菌株がキシラン分解能を 持つなど、主要な系統グループの菌株は植物残渣分解とメタン生成に関わる機能を示した。また、分離菌株には、 プロピオン酸生成グループやPrevotella-like グループの菌株を初めとして、系統学的に新規の嫌気性細菌であると 考えられる菌株が多く含まれていた。 2.分離菌株の多くが用いた培地では増殖が不活発であったことから、それらが増殖に何らかの増殖因子を 必要とするものと考え、水田土壌中より採取した植物残渣から調製した抽出液(RE)の効果を調べた。 特にプロピオン酸生成グループの菌株の増殖とプロピオン酸生成がREで強く促進され、また、コバラミンが同様の 効果を与えることを見いだした。RE中には比較的高濃度でコバラミンが検出され、プロピオン酸を生成する別の グループ(Prevotella-like グループⅡ)の菌株でも、コバラミンが増殖とプロピオン酸生成を促進することを 見いだした。 3.コバラミン要求性を示したプロピオン酸生成グループの代表菌株2菌株(Wd株とK5株)について増殖と 発酵に対するコバラミンの影響を詳細に調べた。2菌株ともグルコースから酢酸と共にプロピオン酸と乳酸を生成したが、 コバラミン添加濃度に依存して主要な生成物が乳酸からプロピオン酸に変わる発酵パターンの変化が起こった。 4.新規細菌と考えられたプロピオン酸生成グループのWd株とWf株について、系統分類学的特徴付けを行った。 2菌株はグラム陽性通性嫌気性桿菌で、コバラミン依存性の有無以外は、生理的性質(温度、pHおよびNaCl濃度の 増殖条件や基質利用性等)や化学分類学的特徴(DNAのG+C含量、菌体脂肪酸組成、呼吸鎖キノン組成、細胞壁アミノ酸 組成等)がほぼ同じであった。2菌株は系統学的ならびにその他の特徴において既知の近縁種と大きく異なっていた ことから、Wd株を基準菌株(WdT株)に、新属新種Propionicimonas paldicolaを提案した。 5.Bacteroidetes門のPrevotella-like グループⅠとⅡについても、それぞれKB7株と KB3株を代表菌株に特徴付けを行った。2菌株ともグラム陰性偏性嫌気性細菌であり、最近縁種との16S rDNAの 類似性はどちらも約90%で、また2菌株間の類似性も89.3%と非常に低く、2菌株はそれぞれ異なる新規の細菌であると 思われた。短桿菌のKB7株はグルコースから酢酸、コハク酸、リンゴ酸を、繊維状の長い桿菌のKB3株はさらに プロピオン酸を生成した。2菌株ともキシラン分解能を有していた。 以上本研究では、水田土壌中の植物残渣に分布する培養可能な発酵性嫌気性細菌群集の構造を系統学的視点から 明らかにすると共に、植物残渣分解とメタン生成に関わり、各系統グループ毎に特徴的な生理機能を見いだすことが できた。特に、プロピオン酸生成グループの細菌が外因性のコバラミンに依存して代謝機構を大きく変動させることを 明らかにし、群集の構造と機能を支える要因としてのメタン生成古細菌等のコバラミン生成微生物とプロピオン酸生成 細菌群とのコバラミンを介した相互作用の重要性を示した。加えて、新規の嫌気性細菌種を記載するなど、多くの 新知見を得ることができた。 |