氏 名 早見  功 本籍(国籍) 日本
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第255号
学位授与年月日 平成16年3月23日 学位授与の要件 学位規則第4条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物生産科学専攻
学位論文題目 リョクトウ芽生えの胚軸細胞壁多糖に関する研究
-エチレン処理と抗酸化活性-
(Study on cell wall polysaccharides in hypocotyls of mungbean seedling.
-ethylene treatment and antioxidative activity-)
論文の内容の要旨

 植物種子を暗所または明所で発芽させ、数日間育成した幼植物は広く食材として利用されている。 一般に暗所で育てた幼植物は徒長成長するため、結果として明所で育てたときよりも細短くなり、肥大し、さらには、 歯切れが良くなることが知られている。しかし、このような形態的変化または物理的変化が起こるメカニズムについては、 十分に明らかにされてはいない。本研究では、これらの変化に伴う細胞壁多糖類の変化を調査し、さらに細胞壁多糖類の 変化に関与する細胞壁関連酵素を検索することによって、エチレンによって引き起こされる形態的変化または物理的変化の メカニズムを明らかにする目的で調査した。

 また近年、各種食品や食材の機能性の研究が盛んに行われるようになり、植物性食品では抗酸化機能を持つ成分として ポリフェノールやビタミン類が広くトピックになっており、最近になって細胞壁多糖類やオリゴ糖にも抗酸化活性が見出された。 リョクトウもやしに関して、ポリフェノール類などが含まれているアルコール可溶性画分の抗酸化活性についての報告はあるが、 細胞壁多糖類などが含まれているアルコール不溶性画分についての報告はない。そこで、アルコール不溶性画分の抗酸化活性の 調査を目的として、4種の抗酸化活性測定法を用い、アルコール不溶性画分の抗酸化活性を評価するとともに、 活性に影響を与える因子を検索することによって、そのメカニズムの一端を解明しようと試みた。

1.2-CPA処理によるリョクトウ幼植物の胚軸の形態的および物理的変化
 エチレン発生剤としてエスレル(2-CPA)を用い、エチレンの代替物としての可能性を検討することを目的として、  リョクトウもやしを2-CPA処理することによる形態的変化としての胚軸の長さ、太さの変化および物理的変化としての  胚軸の硬さ、もろさ、折れやすさの変化について調査を行った。
  2-CPA処理の結果、5日目においてリョクトウ胚軸は、新鮮重、長さ、太さ、硬さのいずれも商業的基準を満たした。  さらに、歯切れのよさの主要な一因となるもろさも、2-CPA処理により増大した。これらのことから、2-CPA処理は  エチレン処理と同様にリョクトウ胚軸を太く短くし、もろさおよび折れやすさをも向上させることが示されたので、  2-CPAをエチレンガスの代替物として用いることができると思われた。

2.2-CPA処理によるリョクトウ胚軸細胞壁多糖類の組成変化
 2-CPA処理したリョクトウ幼植物が成長する際の細胞壁多糖類の量的な変化および質的な変化とエチレン処理によって  引き起こされる形態的な変化との関連性を解明することを目的として、発育したリョクトウ幼植物の胚軸細胞壁多糖類成分の  変化を調査した。その結果、アルコール不溶性固形物(AIS)中のペクチン性多糖類およびヘミセルロース性画分含量は  相対的な増加を示したが、セルロース性画分含量は相対的な減少を示した。特にペクチン性多糖類の中性糖の  増加が顕著であり、その傾向は水溶性ペクチン性画分(WSP)で最も顕著に見られた。さらに、WSPの糖組成を  解析した結果、2-CPAは、ガラクトース(Gal)を減少させ、アラビノース(Ara)およびキシロース(Xyl)  またはラムノース(Rha)を増加させることが見出された。

3.2-CPAによるリョクトウ胚軸細胞壁における水溶性ペクチン性多糖類の化学構造変化
 陰イオン交換カラムクロマトグラフィーを用いWSPの中から2-CPA処理により影響を受けている画分を分別し、  分別された画分中に含まれるペクチン性多糖類側鎖の糖結合様式を調べた。その結果、2-CPA処理において、  無処理に比べて1日目と3日目で共通して4-Galが増加し、6-Gal、2,4-Galの割合が減少した。  特に4-Galの増加が著しかったことから、2-CPA処理が、Gal残基の分岐を減少させる可能性が考えられた。  枝分かれの少ない長鎖のガラクタン側鎖が多いときペクチン分子の主鎖同士の間隔が広くなると仮定すると、  結果としてペクチン層が厚くなると考えられる。この結果は、複数のガラクトシダーゼに対する2-CPAの影響が  一様ではないことを示唆しており、4-Galの減少が少ないことは、2-CPAのβー1,4-D-ガラクトシダーゼ  活性への影響が少ないことを示していると推定される。

4.2-CPA処理によるリョクトウ胚軸のβ-ガラクトシダーゼ活性の変化
 ペクチン側鎖であるガラクタン主鎖を分解するβ1,4-D-ガラクトシダーゼの活性に対する2-CPA処理の  影響を調査することを目的として、2-CPA処理による酵素活性の変化を調べるとともに、精製したβ-ガラクトシダーゼの  リョクトウ胚軸細胞壁多糖類の水溶性ペクチン性多糖類に対する作用を調査した。
 リョクトウ胚軸から、粗酵素を抽出し、粗酵素から2種類のカラムを用いて、β-ガラクトシダーゼ(GALase)活性の  ある2つの画分を得、それらをGALaseⅠとⅡとした。GALase Ⅰは未精製であったが、GALase Ⅱはかなり  精製されていた(約51.8kDa)。リョクトウ胚軸水溶性ペクチンに対するGALase活性を調査した結果、  GALase Ⅰでは、単位タンパク質あたりの活性が2-CPA処理区で無処理区よりも活性が有意に高い値を  示したが、GALase Ⅱでは、2-CPA処理区で無処理区よりも有意に低い活性を示した。
 2-CPA処理区のGALase Ⅰは、Gal残基の中で特に2,4-Galと4-Galの分解量を増加させた。  一方、2-CPA処理区のGALase Ⅱは、Galの分解量が減少し、特に4-Galの分解量の減少が  顕著であったことから、GALase ⅠおよびⅡは、主に4-GALase活性をもつGALaseであることがわかった。  GALase ⅠおよびⅡは2-CPA処理によって逆の影響を受けるが、GALase Ⅱの活性低下の割合が、  GALase Ⅰの活性増加より大きかった。特に、2-CPA処理したときに4-Galの分解率が最も低下したことから  4-GALase活性の低下が最も大きいと推定される。また、4-Gal、2,4-Gal以外のGal残基の分解があった  ことから、GALaseアイソザイムの存在も示唆された。以上のことから、
 1)リョクトウ胚軸が短くなる要因:2-CPA処理により4-GALase活性が減少することで、ペクチンの  ガラクタン主鎖の分解が抑制され細胞壁のゆるみが阻害されるために無処理の時よりも伸長が抑制されるため、短くなる。
 2)リョクトウ胚軸が太くなる要因:2-CPAにより枝分かれの少ない長鎖のガラクタン部分が多く存在する  水溶性ペクチン性多糖類が形成される。また、側鎖中性糖の増加も確認されたことからも側鎖が長くなる。  側鎖が長くなることがペクチン分子の主鎖同士の間を広くさせ、ペクチン層の厚さを増大させる。
 3)リョクトウ胚軸がもろくなる要因:2-CPA処理によりセルロース性画分の相対的な減少することによって、  節っぽさが減少し、また水溶性ペクチン性画分が増加することによって低分子のペクチンが多くなることが判った。  また、ペクチン分子の主鎖同士の間が広くなることによって、その構造的な強さが減少し、もろさが生じるようになることが  示唆された。

 

5.リョクトウ胚軸細胞壁多糖類の抗酸化活性に対する2-CPA処理の影響
  多糖類の持つ機能性の1つである抗酸化活性に着目し、リョクトウ幼植物の細胞壁多糖類の抗酸化活性に対する  2-CPA処理の影響を調査した結果、各画分の抗酸化活性に対する2-CPA処理による影響は、無処理に比べて  僅かに高くなる点もみられたが、効果は大きくないことがわかった。しかし、リョクトウ胚軸細胞壁の多糖類は、  特にペクチン性画分に比較的高い活性があることがわかった。一方、ペクチン性画分をさらに分別すると、  それらの間には画分によって異なる活性がみられた。特に、熱水可溶性ペクチン性多糖類(HWSP)のアスコルビン酸  酸化抑制効果、WSPのSOD様活性および共役ジエン形成阻害活性が高く、中でもHWSPのアスコルビン酸  酸化抑制が、最も高いと考えられた。

 

6.リョクトウ幼植物の成長に伴う抗酸化活性の変化
  次に、リョクトウ幼植物の成長に伴う抗酸化活性の変化を調査した。その結果、SOD様活性は、AsAの酸化抑制効果とは  反対に多くの画分で成長後期にSOD様活性が高くなることが明らかとなった。AsAの酸化抑制効果には、ペクチンの  エステル化度が関与していることが市販のエステル化度が異なるペクチンで認められているので、リョクトウ胚軸細胞壁  多糖類の抗酸化活性とウロン酸含量およびペクチンのエステル化度との間にも相関の有無を調査した。  その結果、AsAの酸化抑制効果とエステル化度の間には負の高い相関(R2=0.6939)が見られ、  さらにエステル化度との間にも高い正の相関(R2=0.9693)が見られたことから、AsAの酸化抑制効果には、  ペクチンのエステル化度の低さが活性の高さに寄与していることが確認された。一方、SOD様活性ではエステル化度の  高さが活性の高さに寄与していることが示唆され、ウロン酸の量とSOD様活性の間にも正の相関が見られたので  ウロン酸の量もSOD様活性には関与していることが示唆された。

 

7.ペクチンの脱エステル化による抗酸化活性の変化
  抗酸化活性を向上させることを目的として、リョクトウ胚軸細胞壁ペクチン性多糖類を脱エステル化し、  脱エステル化後のペクチン性多糖類の抗酸化活性の変化を調査した。その結果、ペクチン性多糖類の脱エステル化は、  AsAの酸化抑制効果を向上させることが認められたが、共役ジエン形成阻害活性およびSOD様活性を低下させる  ことが認められた。以上のことから、低エステル化ペクチン性多糖類を多く含むHWSPはAsAの酸化抑制効果を  示すことが in vitro において確認された。