アズキは、その利用が中国、朝鮮半島、日本など東アジアに限られ、またわが国の年間消費量も
10万トン前後と少ないマイナーな作物である。しかし、日本では、縄文時代の遺跡から炭化種子が発見され、古事記や
日本書記に五穀の一つとして記載されているなど2000年の歴史をもつ伝統食品である.現在は主に和菓子の餡原料として
根強い需要がある.国産の80%以上が北海道で生産され、品種改良の中心も北海道である.作物品種の育成方法や育成過程に
ついては多くの研究や報告があるが、育成後の普及過程についての研究や報告は非常に少ない.本研究は、130年にわたる
北海道のアズキ栽培で、育成・普及された品種を対象として、品種の変遷、普及速度、寿命、普及に関係する要因および
新品種の経済効果を解析し、普及過程を明らかにしたものである.
1.明治時代から現在までの品種の変遷
北海道で最初に優良品種に認定されたのは1905年の「円葉」と「剣先」である.
1908年から交雑育種と遺伝研究が本格的に開始され、1924年には人工交配による優良品種第1号として「高橋早生」が
育成された.現在までに26品種が優良品種となった.このうち、1959年育成の「宝小豆」と1981年育成の
「エリモショウズ」が最も広く普及し、これまでの延べ作付面積はそれぞれ44万haと45万haに達した.「エリモ
ショウズ」は現在も最大の普及率を維持している.
2.品種の普及速度と寿命
1965年以降、品種別作付面積が明らかな4作物(アズキ、ダイズ、インゲンマメ、コムギ)29品種を供試して、
普及率をロジステック曲線にあてはめ普及過程を追跡した.普及率の推移には3つのパターンがみられた.第1のパターンは
普及開始直後から急速に普及し天井水準が高い品種で、各作物の基幹品種が該当した.第2のパターンは普及直後の普及率が
低く、天井水準も20~34%と低いものの、すぐに消えることなく長い寿命を保っている品種である.第3のパターンは、
天井水準は5~15%と低いがやはり長く作付されている品種である.ロジステック曲線から求めた普及速度と天井水準には
有意な相関関係はみられず、天井水準は普及率5%に達する年数と正の相関関係があった.北海道の主要作物品種の寿命は、
インゲンマメに88年と長命な品種があり、ついでアズキに76年(茶殻早生)、ダイズに67年の品種があった.
マメ類は他作物より品種の寿命が長いことが明らかになった.
3.品種普及に関係する要因
普及には、品種の作物学的特性、自然環境要因および社会的要因が関係している.北海道のアズキは4年に一度冷害に
遭遇している.このため耐冷性に優れていることが品種特性として最も要求される.さらに低温年でも収量が減少しない
安定多収性、近年増加している各種土壌病害に対する抵抗性、大規模畑作地帯ではスレシャーやコンバインによる大型
機械収穫に対する適応性、輸入アズキとの競争から品種を含めた加工適性などが求められている.これらの特性を
バランスよく持った品種が広く普及している.それを代表する品種がエリモショウズで、理由としてつぎのことが考えられた.
1.普及初年目と3年目に冷害に遭遇するが多収かつ良質であった.2.普及初年目の増収記録会で上位入賞続出の記録が出た.
3.品種が良好でとくに刈り遅れによる過熟粒が発生しない.4.過熟粒が発生しないためコンバイン収穫ができるようになった.
5.年次、産地、土壌条件、栽培条件による収量および品種差が比較的少なく加工適性が高い.
6.あんの風味や食味および色も年次や産地による差が少なくて使いよい.
社会的要因としては各種共励会の存在が大きかった.新品種が共励会で上位に入賞すると普及面積が急激に増加した.
また、新品種の採種および増殖システムや普及制度も品種普及を加速する大きな要因であった.
4.新品種の経済効果
北海道のアズキ主産地である十勝管内で新品種の普及がなかった1956~1965年の10年間の平均収量を基準として、
新品種普及が始まった1966年以降10年単位の増収率を求めて、経済効果を算出した.増収分の新品種による貢献度合を
1/2、土地改良や栽培技術の進歩を1/2とした.人件費、研究施設費および他部門の経費など必要経費を1品種当たり
3~4億円と見積もった.十勝管内では近年、新品種の普及により1年当たり10億円以上の経済効果のあることが示された.
これは販売額の25%以上に相当し、北海道全体では1985年以降毎年40億円を超える経済効果があったと推定された.
|