氏 名 原田 善之 本籍(国籍) 岩手県
学位の種類 博士 (工学) 学位記番号 工博 第86号
学位授与年月日 平成16年3月23日 学位授与の要件 学位規則第4条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 工学研究科 物質工学専攻
学位論文題目 金属薄膜・多層膜の界面構造の物性に与える影響
論文の内容の要旨

 近年の科学技術の高度化に伴い、使用されている素子は高精度化、小型化、高密度化の 一途をたどっている。そのような中注目されているのが、分子線エピタキシー(MBE)法を用いた薄膜作製である。 MBEは超高真空下での作製法であり、高精度化等の上記要件を全て満たす作製法として知られている。 MBE法を用いて金属人工格子や層状物質の薄膜合成を行うことにより、現在あるデバイスの高度化を推進すると 共ともに、新たな物性を及び機能を有する新材料開発も期待されている。中でも金属人工格子及び超伝導体は MRAMやSQUIDを始めとする次世代型デバイスの中核を担う材料として現在期待されている。 しかしながら、膜の界面構造が膜の構造及びその物性に大きな影響を与えることが報告されており、 その試料作製には困難が伴うことが知られている。そのため、膜の表面及び界面構造と膜の構造及び物性との 相関についての研究を行うことで、膜の物性の向上及びデバイス化への新たな知見が得られることが期待される。 また本研究で選択した[fcc-Fe/Cu]人工格子及び超伝導体MgB2は通常の環境下においては、強磁性と常磁性といった 異なる物性を有する物質より形成されており、より安定な構造及び組成が存在している準安定相の物質群である。 そのため通常の熱力学的な安定構造の作製においては試料作製が困難であり、MBE法を用いた超高真空下での作製が 望まれる系である。

 以上のことから本研究においては試料作製MBEに法を用い、超高真空下での[fcc-Fe/Cu]人工格子及びAs-grownMgB2 超伝導薄膜の作製を試みた。更に目的層の前にバッファー及びシード層を挿入し、その界面構造を制御することで その膜の物性に与える影響について研究した。さらにその結果から、薄膜形状における諸物性に影響を与える要素に 関する新たな知見を得ることを目的とする。得られた試料はRHEEDを用いてin-situにて膜表面の面内構造を観測し その結晶の成長方向を、ex-situにてX線を用いて結晶性を調べている。また、膜中の組成をXPSの深さ分析を用いても 調べた。膜の物性は電気抵抗率測定に加えSQUIDを用いて磁化率の測定を行った。 [fcc-Fe/Cu]人工格子は三谷等によりfcc-Feは磁性が原子間隔に敏感であり、Cuの格子間隔は反強磁性と強磁性の 境界にあり、純Cuの格子定数以上で強磁性であることを報告されている。そのためエピタキシャル[fcc-Fe/Cu]人工 格子における磁気抵抗(MR)効果はほとんど報告されていない。 そこで、本研究では下地層とCuとのマッチングを上げることで膜中の歪みを抑え、純Cuの格子定数を持つ人工格子を 作製することでエピタキシャル[fcc-Fe/Cu]人工格子におけるMR効果を測定した。 その結果、本研究で作製された人工格子は全てほぼ純Cuの格子定数を持つ人工格子の作製に成功し、磁気抵抗効果を 示した。更に磁気抵抗を示す膜ではCuとのマッチングが高く、歪みの少ない純Cuに近い格子定数を持つ膜において MR比が向上することが確認された。このことは準安定相を用いたエピタキシャル人工格子においては歪を抑制する ことが磁気抵抗発現に大きく影響を与えることを強く示唆している。

 As-grownMgB2膜は最もデバイス化可能な作製法として多くの報告がなされているが、いずれの作製法を用いても、 バルクより転移温度が低く、結晶性が低いことが報告されている。原因はMgの高い酸化傾向と揮発性にあり、それを 克服するために、高真空下での作製、Mg供給量の増加、低温での合成が必要である。これまでの報告ではMgの供給を 増加させており、これでは真空度が低下し、合成温度を高温にする必要がある。本研究ではMgの供給量を可能な限り抑え、 超高真空下での合成を試みた。電気抵抗率測定は最高35Kの転移温度を示した。超伝導転移は基板種及びBバッファー層の 挿入に関わらず30K以上の転移を示している。しかし、常伝導相の電気抵抗率はBバッファーの挿入によりSrTiO3 及びMgO基板では大幅に減少していることから、Bバッファーの挿入によりグレーンバウンダリーは減少又は グレーンサイズは大きくなっていることが考えられる。 従って、基板結晶形状がMgB2の結晶性に大きく影響を与えることが考えられる。また、作製温度100℃から250℃の 広範囲において超伝導転移が確認され、Liu等による圧力温度相図を実験的に初めて確かめることに成功した。 これらの研究により最高の成長条件を求めることに成功した。 以下に本研究で得られた結果を列挙する。

1 エピタキシャル[fcc-Fe/Cu]人工格子およびAs-grown超伝導MgB2薄膜をMBE法で作製した。
2 [fcc-Fe/Cu]人工格子はCuとマッチングが高く、純Cuに近い格子定数を持つ膜ほどMR比が向上し、純安定相を用いた エピタキシャル人工格子においては膜中の歪が磁気抵抗に大きな影響を与えることが示唆された。
3 As-grownMgB2薄膜の新たな共蒸着条件を確立し、最高35Kの超伝導転移を観測した。しかし、転移温度に 基板依存性はみられなかった。しかし、電気抵抗率は基板形状に大きく依存し、基板形状が結晶性に大きな影響を 与えることが示唆された。
4 As-grownMgB2膜作製においてLiu等の理論計算による圧力温度相図を初めて実験的に証明し、最適な成長条件の 探索に成功した。

 これまで試料作製が困難とされてきた[fcc-Fe/Cu]人工格子およびAs-grownMgB2薄膜において、膜の作製に成功し、 新たな作製法の考案及び基礎物性測定を通じて、これらの系で観測される諸物性に対して影響を与える要素とその起源の 解明に大きく貢献したと考えられる。このことから本研究はこれら物性を用いたスピンエレクトロニクス及び超伝導 デバイス作製に大きく寄与したと考えられる。