氏 名 植田 晃茂 本籍(国籍) 大阪府
学位の種類 博士 (工学) 学位記番号 工博 第83号
学位授与年月日 平成16年3月23日 学位授与の要件 学位規則第4条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 工学研究科 物質工学専攻
学位論文題目 SUS304ステンレス鋼の加工誘起マルテンサイト変態に及ぼす内的要因
論文の内容の要旨

 オーステナイト系ステンレス鋼に代表されるSUS304ステンレス鋼は、マルテンサイト変態開始温度, msが室温より低いため、室温で準安定な過冷オーステナイトのままで存在する。また、冷却や塑性変形することでマルテン サイト変態が起こることが知られている。このマルテンサイト変態は磁気特性変化を伴うので、磁気測定を用いた非破壊的 劣化評価の可能性が考えられる。これまでに開発されている非破壊検査方法には、渦電流法や超音波探傷法等があるが、 これらはいずれも材料内部または表層部にできた亀裂、割れの検出に止まっている。しかし、信頼性・安全性を向上させる上で、 亀裂発生前の劣化を検出できる非破壊検査方法の開発が必要である。

 SUS304ステンレス鋼は機械的性質とマルテンサイト変態が密接に関係している。それは、SUS304ステンレス鋼の塑性変形は、 オーステナイト相内における転位の生成と分布、転位同士の相互作用の他に、転位とマルテンサイト相の相互作用により進行するためである。 SUS304ステンレス鋼は冷間圧延などの塑性変形によって加工誘起マルテンサイト相が生じるが、その体積分率はわずかな化学組成の違いにより 大きな影響をうける為、機械的性質もそれにしたがって変化する。マルテンサイト変態に及ぼす因子は、温度及び応力のような外部因子と 化学組成、転位、結晶粒界のような、内部因子が挙げられる。機械的性質の情報を得るためには、それぞれの因子が加工誘起マルテンサイト 変態に及ぼす影響を明確にすることが重要となる。

 これまで、オーステナイト系ステンレス鋼のマルテンサイト変態に対する種々の因子の影響を調べた研究成果が報告されているが、 その多くはms以下の冷却によるマルテンサイト変態を調べたものであり、室温での加工誘起マルテンサイト変態については、 定量的な報告はされていない。そこで本研究ではSUS304ステンレス鋼を用いてこれらの内部因子が加工誘起マルテンサイト変態に及ぼす 影響と機械的性質の関係を明らかにすることを目的とした。またSUS304ステンレス鋼の磁気特性変化に着目した非破壊的評価法の可能性に ついて検討した。

 以下に本論文の各章の内容を要約して述べる。

 

第1章「序論」では、本研究を行った背景と本研究の目的、構成など、本論文の概要について記述した。また、熱力学的見地から  マルテンサイト変態の概念を述べた。

 

第2章では、冷間圧延されたSUS304ステンレス鋼板を用いて熱処理温度を変化させたときの機械特性とマルテンサイト相の体積分率との  関係を調べた。引張破断させた試料の加工誘起マルテンサイト相の体積分率は、熱処理を行うことで増加した。また、熱処理温度に対する  破断させた試料のマルテンサイト相の体積分率は、回復領域では変化せず再結晶領域以降の温度範囲で増加した。  これにより、マルテンサイト変態前の転位や積層欠陥は、加工誘起マルテンサイト変態を抑制する効果があると結論付けられた。

 

第3章では、溶体化温度を変えることにより結晶粒径サイズが異なる2種類のSUS304ステンレス鋼板を用い、引張応力とマルテンサイト相の  体積分率との関係を調べた。どちらの試料も引張応力の増加に伴いマルテンサイト相の体積分率は増加した。  しかしその増加傾向は異なり、マルテンサイト相は、結晶粒径サイズの大きな試料において多く生成された。  これにより、母相の結晶粒界は、第2章で述べた転位や積層欠陥と同様に加工誘起マルテンサイト変態を抑制する  効果があると結論付けられた。

 

第4章では化学組成に注目し、9種類のSUS304ステンレス鋼板を用いて室温における引張変形に対する  マルテンサイト変態の挙動について調べた。Ni当量が等しければ加工誘起マルテンサイト相の体積分率は個々の原子の  濃度には依存せず、変形応力に依存することを発見した。  また、磁化特性を測定することにより、マルテンサイト相の体積分率だけではなく、形状に関する情報を得ることが  できると結論付けられた。

 

第5章では、引張変形したSUS304ステンレス鋼のビッカーズ硬さの分布を測定し、マルテンサイト相内に変形応力によって  転位などの格子欠陥が導入されることを調べた。また、磁気特性変化を利用した新たな非破壊的評価法に向けてSUS304ステンレス鋼の  経年劣化のより詳細な情報を得るため、引張変形したSUS304ステンレス鋼のヒステリシス・マイナーループの解析を行い、  経年劣化の原因である転位密度を定量化できる方法を発見した。

 

第6章では本論文により得られた主な結果について総括した。また、これまでの本論文の成果を踏まえて、  磁気測定を用いた亀裂発生前の非破壊的劣化評価の可能性について述べた。