氏 名 長谷川 一 本籍(国籍) 青森県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連論 第76号
学位授与年月日 平成15年3月20日 学位授与の要件 学位規則第4条第2項該当 論文博士
学位論文題目 セリの低温による着色の分子生物学的解析およびソマクローナル変異を利用した優良変異系統の作出
(Molecular biological analysis of pigmentation by low temperature and production of favorable variants through somaclonal variation in Japanese parsley)
論文の内容の要旨

 最近,遺伝子組換え食品の安全性が強く叫ばれている中で, 植物の細胞および組織培養において高頻度で生じるソマクローナル変異は,作物の育種上極めて有効な変異源として注目されている。 ここでは,セリの育種開発を目的に,低温によるアントシアニン蓄積による着色についてのアントシアニン生合成に関与する遺伝子レベルの解析と, ソマクローナル変異を利用した優良変異系統の作出・選抜を目指して研究に取り組んだ。

第1章 セリの低温による染色の分子生物学的解析

 セリの収穫時期の低温による着色(色素の蓄積)と着色に関与している遺伝子を明らかにするために, 葉原基を1~2枚付けた茎頂分裂組織を培養して得た無病苗を用い,生育温度がセリの葉や葉柄の着色におよぼす影響,色素成分の同定, 色素生合成に関与する遺伝子の発現機構について調べた。低温で誘導される着色が強い“宮城在来”の葉から色素を抽出し, 色素の構成成分についてHPLC分析を行った。その結果,低温ストレスによって誘導される色素はアントシアニンであることが明らかにされた。 次に,セリ3品種を用い,低温ストレスに対する反応について検討した。 その結果,“地ぜり”が低温に対して最も強い反応を示し,12℃区が25℃区の4倍のアントシアニン含量であった。 また,“宮城在来”の低温ストレスによって生成されたアントシアニンの成分は,アントシアニジンの中のシアニジンであることが明らかにされた。

 “地ぜり”および“松江みどり”のアントシアニン生合成遺伝子の分子生物学的構成の知見を得るために, pal, chs およびdfr遺伝子のプローブを用いてサザンブロット解析を行った。プローブに用いたDNAの塩基配列はそれぞれpalが428bp, chsが621bp, dfrが713bpで,各プローブを用いたハイブリダイゼーションの結果から,両品種のpal, chsおよびdfr遺伝子の内部に制限酵素サイトの存在の有無を確認していないため,現時点では推定の域をでることはできないものの, palおよびchs遺伝子は両品種において多重遺伝子族を構成している可能性が,dfr遺伝子はただひとつの遺伝子からなる可能性が示された。

 低温による着色とアントシアニン生合成関与遺伝子の発現メカニズムを明らかにするために,“地ぜり”を用い, サザンブロット解析に用いたプローブで,RNAゲルブロット解析を行った。その結果,palおよびchs遺伝子は25℃で一定して発現していたが, 12℃では7日目までは発現が強まり,その後次第に弱まった。dfr遺伝子はpalおよびchs遺伝子の発現パターンと明らかに異なり, 12℃では処理3日後に発現が認められ,その後15日後まで増大した。25℃ではdfr遺伝子の発現は認められなかった。

 “地ぜり”および“松江みどり”におけるpal, chsおよびdfr遺伝子の発現様式を検討するために,RNAゲルブロット解析を行った。 その結果,“地ぜり”ではpalおよびchs遺伝子の転写産物は育成期間が長くなるにつれて増大したのに対し,“松江みどり” ではpalおよびchs遺伝子の転写産物は育成後2日目で増大に到達し,その後育成期間が長くなりにつれて減少した。 一方,dfr遺伝子の転写産物は“松江みどり”においてまったく認められず,“地ぜり”の育成後半の6,7日目でようやく認められた。 両品種において,palおよびchs遺伝子は連動して発現していた。

第2章 ソマクローナル変異を利用した優良変異体の作出

 ソマクローナル変異を利用して,セリの収穫時期の低温に遭遇しても赤く着色しない優良変異系統を作出・選抜するために, “地ぜり”および“松江みどり”の茎組織由来カルスを用い,カルス培養培地のホルモンが変異発生におよぼす影響, カルス培養期間が変異発生におよぼす影響,優良変異系統の遺伝的安定性,優良変異系統におけるアントシアニン生合成関与遺伝子の発現機構について調べた。 培地のホルモンが変異発生におよぼす影響については,BA, NAAおよび2,4-Dを組み合わせた8種類の培地を供試し, カルスレベルおよび植物体レベルの変異におよぼす影響を検討し,カルスレベルの変異はホルモンの組み合わせの異なる各培地で3回継代後, 増殖培地に移してさらに3回継代培養後も各カルスに発生した変異は安定していることを確認した。 また,葉形,葉色などの植物体レベルの変異も安定しており,18週間継代培養した“地ぜり”のカルスから再生した個体の中から, 収穫時期の低温に遭遇しても赤く着色しない変異個体を選抜した。

 低温による着色(アントシアニン蓄積)の弱い優良変異個体の遺伝的安定性を確認するために, 現地ほ場で3回栽培して優良変異系統の形態特性を調べた。 その結果,優良変異個体の低温による着色は対照品種の“地ぜり”より明らかに弱く,比較品種の“松江みどり”とほぼ同等であった。 また,優良変異個体の香りは対照品種の“地ぜり”と同等で,比較品種の“松江みどり”に比べて明らかに強かった。 優良変異個体の特徴は3カ年とも同じで,遺伝的形質が安定していたことから,優良変異系統として選抜した。