日本におけるコムギの主産地は北海道、関東および九州地方である。しかし、日本では収穫期の気象条件により、
雨害の影響による穂発芽の発生もしばしば認められるため、加工適正上の問題から実需者側からその品質改善が強く求められている。
本研究はコムギ生産における高品質化に役立つ知見を得る目的で、実需者から指摘を受けている加工適正劣化に関連の深い穂発芽性について、
その発生要因と二次加工適性であるパン適正が劣化するメカニズムを解析するとともに、穂発芽で問題となる低アミロ化の簡易迅速測定方法についての検討を行った。
1.登熟に伴う種子休眠性と胚のABA感受性の推移
種子休眠性と種子胚のABA感受性は同様の推移パターンを示し、穂発芽易品種では種子が成熟する糊熟期以前に低下したのに対して、
耐性品種のABA感受性は完熟期まで維持され、その後に休眠性とともに低下した。また、種子中のα-アミラーゼ活性は種子休眠性および種子胚のABA感受性と深く関連しており、
穂発芽易品種の活性は成熟期以降増加したのに対して、耐性品種の活性は完熟期まで低く維持された。
2.低温発芽性の遺伝変異
穂発芽耐性の異なる秋播き、春播きの30品種・系統を低温(16, 12℃)で吸収させ種子発芽率とABA感受性を調査した結果、
糊熟期および完熟期に20℃において休眠性やABA感受性を維持している穂発芽耐性品種の16℃, 12℃における休眠性とABA感受性には品種間差が認められた。
多くの耐性品種には20℃と同様に16℃, 12℃においても休眠性とABA感受性を維持したが、
耐性品種の中には農林61号やSatantaのように16℃および12℃の低温条件下では急速に種子休眠性とABA感受性を低下させる品種・系統も認められた。
3.低温発芽性とα-アミラーゼ、エンドプロテアーゼ活性の関係
穂発芽易品種であるチホクコムギと穂発芽耐性品種のSatantaを対象に、黄熟期(子実水分45-50%)、
糊熟期(35-40%)および完熟期(25-30%)の3つの異なる発達時期に採取し、12℃および20℃で吸収させた時の発芽率とα-アミラーゼ、
エンドプロテアーゼ活性の関係を検討した。発芽率は両品種ともにいずれの採取時期においても12℃の方が20℃に比較して高かった。
また、20℃における発芽率はチホクコムギの方がSatantaに比べ高かった。α-アミラーゼ活性は両品種ともに黄熟期には12℃の方が20℃に比べて高かったが、
糊熟期および完熟期になると温度による違いはSatantaにのみ認められた。エンドプロテアーゼ活性は種子を吸水させて7日~10日後になって急速に増加し、
活性が12U以上となったのは糊熟期および完熟期に採取したチホクコムギを12℃で吸水させたときのみであった。
発芽率と酵素活性の関係から、α-アミラーゼ活性が、アミログラムにおける低アミロコムギの基準である300BUに相当する値よりも低くなるのは発芽率が0%の時のみであった。
また、エンドプロテアーゼ活性が6U以上となるのは発芽率が90%以上の時のみであった。
4.穂発芽による製パン性の劣化機構
超強力粉のVictoriaINTA、強力粉の春のあけぼのおよびLeaderを用いて、
発芽時のα-アミラーゼおよびエンドプロテアーゼ活性増加が製パン性の劣化に及ぼす影響を論議した。
その結果、発芽による製パン性の劣化程度は粉中のグルテンの強さによって大きく異なり、超強力粉であるVictoriaINTAは強力粉である他の品種に比べて発芽処理による影響が少なかった。
比容積でみた製パン性の低下は、生地のミキシングピークタイムや破断力の低下として現れる生地の軟化によって生地ガス保持力が低下することが原因であることが示唆された。
また、製パン性と小麦粉および全粒粉中のα-アミラーゼおよびエンドプロテアーゼ活性との関係では、α-アミラーゼの影響は少なかったのに対して、
全粒粉中(子実中)のエンドプロテアーゼ活性と製パン性との間に高い負の相関が認められた。
よって、穂発芽による製パン性劣化はエンドプロテアーゼ活性と製パン性との間に高い負の相関が認められた。
よって、穂発芽による製パン性劣化はエンドプロテアーゼ活性の増加によるコムギグルテンの分解が主要因であると考えられた。
5.低アミロ小麦の簡易迅速検定法
基質に修飾オリゴ糖(EPS:4-Nitrophenyl-a-D-maltoheptaoside-4, 6-o-ethylidene)を用いて測定したα-アミラーゼ活性とアミロ値およびフォーリングナンバー値それぞれの対数値の間の相関は高く、
α-アミラーゼ活性の増加に伴ってアミロ値とフォーリングナンバー値は低下した。
このことから、α-アミラーゼ活性をもとにしてアミロ値およびフォーリングナンバー値の推定が可能であることが確認された。
また、農家圃場より収穫期に採取したホクシンを対象に全粒粉のα-アミラーゼ活性とフォーリングナンバー値を測定した結果においても両者の間には負の相関関係が認められた。
したがって、ドライケミストリー法により測定したα-アミラーゼ活性測定は、生産現場での低アミロ小麦の選別にも有効であると考えられた。
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