氏 名 清水 了 本籍(国籍) 北海道
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第245号
学位授与年月日 平成15年3月20日 学位授与の要件 学位規則第4条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物環境科学専攻
学位論文題目 The Chemical Characterization and the Physiological Functions of the Oil in Evening Primrose (Wild Type) and Ratites as Unusual Bioresources
(未利用資源アレチマツヨイグサ油と走鳥類油の化学的特徴と生理機能)
論文の内容の要旨

 この研究では,歴史的に皮膚の炎症の治療に利用されてきた薬用油であるアレチマツヨイグサ (月見草の野生種,Oenothera biennis Linn)の種子油(OBLO)とエミュー(オーストラリア原産の走鳥類: Dromaius novae-hollandiae)の貯蔵脂肪に着目し, 主要成分であるトリアシルグリセロール(TG)について化学的な特徴を明らかにするとともに, その化学的特徴と生理機能との関連性について考察した.さらにこれらの油脂中の抗炎症成分を特定するために, 主に油脂中の不鹸化脂質(NSL)について各種クロマトグラフィーおよびin vitroのアッセイを用いて有効成分の検索を行った.

 第1にOBLOの化学的特徴を明らかにするために,動物実験により生理作用がそれぞれ確認されているOBLOと その他のγ-リノレン酸(GLA)含有油脂である月見草油(EPO)および カビ由来のbio-GLA油 (BIO)のTGの構造的な違いを比較検討した。 逆相高速液体クロマトグラフィー(HPLC)によりOBLOとEPOでは12個,BIOでは28個のTGピークが検出された. それらのGLA含有分子種の総量はOBLOで29.8%、EPOで23.8%、およびBIOで56.6%であった。OBLOの主要なTG種でsn-2位のGLA分布率は、 EPOよりも高く、BIOのそれはOBLOおよびEPOよりも低いことがわかった。 TGの構造と分子種の組成が食用油脂の吸収に影響するといわれており, 特にTGのsn-2位に分布している脂肪酸の易吸収性を示唆する報告が多くあるが,GLA油についてはまだない. この研究はTGのsn-2位に分布するGLAの易吸収性を示唆する最初の報告である. この研究成果はGLA油とその生理機能のさらなる理解に役立つことであろう.

 第2にエミュー油の化学的特徴を明らかにするために, エミューとその他の走鳥類であるダチョウおよびレアについて貯蔵脂肪中のTGの化学的特徴を比較検討した. 走鳥類の主要な構成脂肪酸はオレイン酸とパルミチン酸であったが,エミューではオレイン酸が,ダチョウではリノレン酸が, レアではリノール酸が互いに多く含まれている傾向がみられた.また,エミュー油の脂肪酸組成は背脂肪, 腹腔内脂肪および腎臓周囲脂肪で差異がないという点でウシやブタなどの他の家畜の場合と異なり, 背脂肪と同様に他の脂肪組織の油も利用可能であることが示唆された.逆相HPLCによりエミューで22個,ダチョウで34個, レアで25個のTGピークを検出した.これらのTG分子種は脂肪酸組成を反映したものであり, 最も主要なTG分子種はエミューではパルミトイルジオレイン(20.5%)、 ダチョウおよびレアではパルミトイルオレオイルリノレイン(それぞれ11.9%、16.1%)であった。また、エミューではオレイン酸含有TG種、 ダチョウではリノレン酸含有TG種およびレアではリノール酸含有TG種が多く分布していることが明らかになった。 一般的に室温で液状であるU2S+U3(U:不飽和脂肪酸,S:飽和脂肪酸)の組み合わせのTGは走鳥類油脂には多く含まれており, 走鳥類油脂の皮膚への浸透性の高さが示唆された. 脂肪酸には炎症性メディエーターであるエラスターゼの活性を阻害する作用が報告されており, その作用はオレイン酸が最も高いといわれている.エミュー油はオレインを高率に含んでいることが大きな特徴といえるが, そのことがエミュー油の抗炎症作用の一因となっているのかもしれない.

 第3に,OBLOとエミュー油の抗炎症成分を調べるために,これらの油脂のNSL画分についてシリカゲルカラムクロマトグラフィー, 薄層クロマトグラフィー,逆相HPLCを用いて分画/精製を行い,in vitroの実験系を用いて, プロスタグランジン生合成経路の鍵酵素であるシクロオキシゲナーゼ-1(COX-1)および-2(COX-2), ロイコトリエン生合成経路の鍵酵素であるリポキシゲナーゼ(LOX)の阻害活性を調べた.なお, COX-2特異的阻害剤は,COX-1親和性阻害剤に比べて消化管や腎臓での副作用が劇的に少ないため, 非ステロイド系抗炎症剤の標的酵素として非常に注目されている.その結果, これらの油脂NSL中ではGLAメチルエステル(IC50値:1.4μM)とリノール酸メチルエステル (IC50値:2.4μM)がCOX-2に対して選択的な阻害活性を示した. これらのCOXインヒビターの阻害活性は陽性対照試料のインドメタシン(IC50値:0.7μM)と比べて,弱いものであった. LOXに対して阻害活性を示したのはスクアレン(IC50値:12.3μM)と炭化水素様の画分であった. スクアレンのLOXに対する阻害活性は陽性対照試料のノルジヒドログアカレチック酸(IC50値:2.9μM)と比較して弱いものであった. GC-MS分析の結果,炭化水素様の画分は相対的に分子量が高い画分で,阻害活性も高い傾向がみられた. 脂肪酸や脂肪酸メチルエステルは鹸化の過程で派生的に生成したと推察される. 以上の結果,上記実験系においてこれらの油脂中で抗炎症作用を持っている成分は, 油脂に共通して存在する成分やその派生物であることが明らかになった.