土壌中における熱移動現象に関する研究は、土壌物理学分野の主要な研究の一つであり、
50年以上前から現在に至るまで現象および理論の両面から多くの検討がなされてきた。しかし、
このメカニズムについては完全には明らかにされていない。
本論文ではこれまでに着目されてこなかった減圧下における土壌の熱伝導率を測定し、得られたデータに基づき、
熱移動のメカニズムを明らかにすることを試みた。得られた結果は以下のとおりである。
1.減圧下における固-気二相系の土壌の熱伝導率測定
気体の熱伝導率は気圧に依存しない。ところが、固体と気体から構成される二相系の土壌の熱伝導率は、
減圧に伴い大きく減少することが知られている。この現象は、減圧に伴う気体分子の平均自由行程の増加が、
粒子間距離に制限されることによって引き起こされる。したがって、減圧下における固-気二相系の熱伝導のメカニズムは、
粒子間距離が重要な要因となる。このことは、減圧下における熱伝導率の測定値から粒子間距離を推定できるということを示唆している。
物理的性質の異なる土壌および粒径の異なるガラスビーズの熱伝導率を減圧下で測定した。
これらの測定値から粒子間距離(d)を推定し、幾何学的な観点からの粒子間距離(D)と比較することによって、
二相系における熱伝導のメカニズムを明らかにすることを試みた。ガラスビーズにおいて両者の関係はd<Dとなった。
このことは熱輸送が主に粒子接点近傍のような狭い間隙内で行われるということを意味すると考えられた。一方、
土壌においてd>>Dとなった。この違いは、土壌の団粒構造に起因すると考えられた。すなわち、
土壌団粒内では固相のみを伝わる熱伝導が卓越するため、団粒内間隙は熱移動にほとんど寄与しないと考えられた。
したがって、熱移動の面からは、土壌団粒は単粒のように扱うことができると考えられた。
2.減圧下における三相系の土壌の熱伝導率測定
固-気二相系の土壌の熱伝導率は、減圧に伴い大きく減少するのに対し、固相・気相・液相から構成される三相系の土壌の熱伝導率は、
ある含水量以上において、減圧に伴い金属の熱伝導率と同程度にまで急激に増加することを見出した。
土壌間隙内の気体分子による熱輸送は伝導と潜熱輸送とによって行われる。窒素や酸素分子は伝導に関与し、
水蒸気は主に潜熱輸送に関与する。大気圧下において窒素や酸素分子は土壌気相のほとんどを占めている。
減圧に伴い水蒸気以外の空気分子密度は減少するが、含水量と温度とが一定である条件下では、水蒸気密度は気圧に依存しない。
そのため、減圧に伴う熱伝導率の増加は、水蒸気の存在比の増加に伴う潜熱輸送量の増加によって引き起こされると考えられた。
しかし、一定の含水量以下において、潜熱輸送の効果はほとんどなかった。
この含水量は液状水の水分拡散係数と関係していることを明らかにした。すなわち、
液状水の移動性が潜熱輸送量を決定する主因であるといえる。このことから、減圧下における潜熱輸送の増加は、
低温側で凝縮した液状水が逆に高温側へ戻ることによって引き起こされることが示唆された。
3.総合考察
土壌中の熱移動は伝導と潜熱輸送との和で表わされる。したがって、伝導と潜熱輸送現象を別々に検討することによって、
土壌中の熱移動のメカニズムは明確になる。
0℃付近における土壌中の熱移動は、そのほとんどが伝導で行われる。土壌水分が絶乾から水分飽和に至るまでの、
5℃における熱伝導率から、熱伝導現象が一定の含水量(θHB)で2つに分かれることを示した。この現象を、
本研究で明らかにした熱的な土壌構造を考慮しつつ検討した。この結果、絶乾からθHBの範囲における水分は、
団粒内間隙に存在するため、熱伝導率は含水量の影響をほとんど受けない。一方、θHBを超えると団粒間が水分で連結されるため、
熱伝導率は急激に増加し、その増加率はこの含水量を越えた付近で最大となることが説明できた。
さらに、潜熱輸送現象が一定の含水量(θcr)で2つに分かれることを明らかにした。
この原因となるメカニズムの違いは液状水の還流を伴うか、伴わないかによると考えた。
前者を“vapour-relay phenomenon”後者を“heat pipe phenomenon”と名づけた。高温側で潜熱を得た液状水は、
水蒸気として低温側へ移動し、土壌を取り巻いている水、または粒子間に保持されている水に衝突する。
水蒸気はそこで凝縮すると同時に潜熱を放出する。この熱は土壌、水を通して土壌粒子の反対側の面に伝導され、
再び潜熱として輸送される。このため、絶乾からθcrの範囲において、潜熱輸送は水分ポテンシャルに大きく依存する。
一方、含水量がθcrを超えると、液状水は固相の影響を受けにくくなり、低温側で凝縮した水は、
メニスカスの曲率差を駆動力として高温側への膜状移動が起こると考えた。
この間隙レベルの個々のヒートパイプ現象が互いに連結することによって、土壌全体が1つのヒートパイプとして機能すると考えた。
この現象は単に減圧条件下だけでなく大気圧下でも生じている可能性が十分あることが予想された。
以上のように、本論文では、土壌に、減圧という現実には存在しない条件をあえて与えることにより、
大気圧下における土壌中の熱移動現象のメカニズムをより一層明らかにすることができた。今後、
さらに実験事実を積み上げることを通じ、このメカニズムをより確実なものにすることが必要である。
このメカニズムは単に土壌だけでなく、他の粉体系にも適用でき、
これに基づく新しい装置の開発などへの応用も可能になると考えられる。
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