氏 名 まやなぎ たかこ
真柳 貴子
本籍(国籍) 北海道
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第227号
学位授与年月日 平成15年3月20日 学位授与の要件 学位規則第4条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物生産科学専攻
学位論文題目 マウス始原生殖細胞(Primordial germ cell; PGC)の分離とPGCに発現するタンパク質の解析
( Purification of primordial germ cell (PGCs) and analysis of proteins expressing in PGCs )
論文の内容の要旨

 始原生殖細胞(PGC)は胚発生初期に体細胞の細胞系譜から独立して出現し、 配偶子形成をする細胞である。 マウスPGCは原始外胚葉に由来し、交配後7日目頃にアルカリフォスファターゼ(ALP)陽性細胞として観察され、 組織中を移動して生殖隆起に到達し、分化を開始する。 PGCはALP以外にも、SSEA-1, 4C9, TG-1, ACK-2などのいくつかの抗体に対する反応性が報告されているが、 これらの抗体は一時的な反応に限られており、またPGC由来の抗原を用いて作製されたものではない。 発生時期によって形態的、機能的に著しく変化するPGCの特異的マーカーの同定は困難であり、 現在も追い求められ続けている。 多能性をもつ幹細胞であるPGCについての研究は近年、EG細胞の継続的培養や、 DNA解析の分野を中心に盛んに研究されている。 しかし、PGCの移動、増殖および分化などのメカニズムはほとんどわかっていない。

 そこで本研究では、PGCの基礎的研究として、in vivoでのマウスPGCのALP活性と 4C9モノクローナル抗体についての反応性、各発生ステージにおける変化について検討した。 さらにin vitroでの生殖隆起の器官培養を行い、その動態について観察するとともに、 培養条件について検討した。 その結果、in vivoで12.5日目のPGCはALPおよび4C9への反応性が認められた。 PGCは発生ステージの進行に伴ってALP活性反応が減弱し、生殖隆起内のPGC%の減少と一致した。 さらに鳥類PGCの同定法に用いられているPAS染色はマウスPGCに反応せず、 マウスPGCにはPASで検出される糖鎖は少ないことが示唆された。 また、in vitroで生殖隆起の器官培養について検討を行った結果、無血清培地で精細管の発達が見られたが、 他の血清を使用した場合には器官としての発生は観察されなかった。 げっ歯類血清を添加した場合にはPGC様細胞が組織外に出現し、細胞数は培養日数にともなって増加した。 形態は移動期に類似したが、c-kitの発現はみられず、12.5日目のPGCの状態を維持している可能性が示唆された。 PGCの発生、分化についての詳細な研究は、母体内胎児で進行し、器官培養法も確立されていない。 PGCはその発生分化を追跡するためのマーカーが必要であると同時に、優れた培養系の確立が求められている。 しかし、PGCは体細胞との相互作用の詳細や発生分化に作用する因子の多くはまだ未解明である。 PGCについて詳細な分析が進まなかった原因の一つとして純粋なPGCを多量に採取することが 困難であることがあげられる。 そこで、PGCのNycodenzによる純化を試み、PGCを抗原として抗体の作製を行った。 その結果、Nycodenz密度勾配法によるPGCの純化方法の開発に成功し、 採取したPGCを抗原としてポリクローナル抗体を作製してその反応性について検討した。 この抗体は12.5日目胚中のPGCに時期特異的反応を示したことから、この抗原は継続的にPGCに発現しておらず、 交配後12.5日目前後に起こっているPGCの形態変化や機能変化に関与しているのではないかと考えられた。 さらに、さらなる分離方法の改良についても検討を行った。 その結果、純度95%以上のPGCを分離することに成功した。 作製した抗体の抗原タンパク質を同定するために、二次元電気泳動と質量解析を用いて解析をおこなった。 抗マウスPGC抗体を用いてイムノブロッティングを行ったところ、7つのスポットに反応性が見られ、 この反応スポットのうち、12.5日目特異的なスポットとして2つのスポットが確認でき、 oncogene ect2またはFYVE and coiled coil domain containing1およびRAS protein activator like1で あることが推察された。 oncogene ect2はRho ファミリーの活性抑制因子の1つであるDb1ファミリータンパク質であり、 DNA合成によって顕著に増加することが知られ、PCNAやcdc2の発現時期とも重複している。 またRAS protein activator like1は細胞移動などに関与するタンパクとして報告されていることから、 これらのタンパク質がPGCの移動または未分化状態維持に関与している可能性が考えられた。 さらに、PGCは体細胞と密接に関与して機能していることから、同様な解析方法を用いて生殖隆起で発現している タンパク質の解析を行った。 12.5、13.5日目に比較して15.5日目でスポット数が増加する傾向が見られた。 生殖隆起で発現する23個のタンパク質について推定することができ、細胞移動、細胞間接着などに関与する タンパク質および細胞分裂や細胞増殖に関与するタンパク質が多数推定されたことから、 12.5~15.5日目の生殖隆起内では活発な組織形成と細胞増殖が起きていると考えられた。

 本研究によってPGCを多量に回収する分離法を開発することができ、 PGCで発現していると考えられる12.5日目特異的タンパク質の推定と生殖隆起中で主に発現している タンパク質の同定を行うことができた。 現在、プロテオミクスが注目され、多様な組織、細胞での解析が始まっている。 これまで、性腺のタンパク質の解析は行われていないことから、 本研究は、今後性腺形成や生殖細胞のメカニズムを解明する上で非常に重要な意味を持つと考えられる。