深刻な地球温暖化の原因となっている温室効果ガスの中に,反芻家畜の第一胃から発生する
メタンが含まれている.本研究は,現在のところ知見が乏しい濃厚飼料多給与条件下の去勢牛に第一胃刺激用具である
ルーメンファイブ(RF)を投与し,メタン発生量の抑制効果を検討するため一連の試験を実施した.試験1では,
第一胃刺激用具であるRF投与による基礎的知見を得ることを目的に,圧ペン大麦主体の濃厚飼料を多量に摂取している
ルーメンフィステル装着去勢牛にRFを投与したときの飼料の消化率,窒素出納,エネルギー出納および第一胃内性状に
及ぼす影響について検討した.その結果,RF投与による飼料の消化率への影響は認められなかったが,尿への窒素排泄量は
抑制され,体内窒素保持量が増加した(P<0.05).また,液相および固相の第一胃内通過速度はRFを投与すると増加し
(P<0.05),第一胃内容液中の酢酸のモル割合は低く,プロピオン酸および酪酸のモル割合は高くなった.
試験1で供試した家畜は,ルーメンフィステル装着牛だったが,RFを投与するとメタンとして損失したエネルギーは減少した
(P<0.05).試験2では,試験1と同一飼料給与下のルーメンフィステル未装着去勢牛を供試し,正確にメタン発生量を測定
することを目的に,RF投与によるメタンの抑制効果を検討した.その結果,1日当たりのメタン発生量は対照処理で286.0L,
RF投与処理で231.7Lと,RFを投与すると減少した(P<0.05).また,第一胃内におけるメタン発生量と深く関わりを持つ
プロトゾア数は,RFを投与すると減少した(P<0.05).
試験2において,RF投与は,圧ペン大麦主体の濃厚飼料多給与条件下の去勢牛からのメタン発生量を約20%抑制する効果が
あることが確認された.また,試験1の結果同様にRFを投与すると第一胃内容物の通過速度が増加し,第一胃内容液性状が
変化したことから,メタン発生量の抑制の主たる要因は,第一胃内容物の通過速度に関係していると考えられた.
したがって,試験3では,RF投与によりメタン発生量が抑制される
機構を解明するために,第一胃内容物の通過速度に影響を与える原因を調査することを目的とした.その結果,反芻時間は,
RFの投与により増加し(P<0.05),第一胃収縮運動の頻度は,対照処理で1,463回,RF投与処理で1,968回と,
RFを投与すると増加する傾向であった(P<0.10).
以上の試験結果から,圧ペン大麦主体の濃厚飼料多給与条件下の去勢牛から発生するメタンは,第一胃刺激用具である
RFの投与により,約20%抑制することが確認された.メタン発生量が抑制される原因として以下のことが考えられた.
①RFを投与すると,RFの持つ機械的刺激作用により,第一胃内粘膜上皮に存在する受容器が刺激される.
②受容器が刺激されたことにより,反芻胃中枢を介して第一胃収縮運動が促進される.③第一胃収縮運動の促進によって,
第二・三胃口の開口頻度も高まり,第一胃内容物の通過速度が増加する.④第一胃内容物の通過速度の増加は,
第一胃内の微生物叢やその微生物による代謝産物などに影響を与えるため,メタン発生を抑制する.
現在,食品製造副産物等の食品廃棄物が環境問題のひとつに上げられ,家畜の飼料化への研究が推奨されている.
試験4では,去勢牛を供試し,圧ペン大麦主体の濃厚飼料多給与条件下で,チモシー乾草を対照として,
粗剛性が弱い食品製造副産物であるビール粕サイレージを給与したときのRF投与がメタン発生量に及ぼす影響について検討した.
その結果,飼料の乾物消化率は,チモシー乾草給与時に比べビール粕サイレージ給与時が低くなった(P<0.05).
しかし,ビール粕サイレージ給与時においてRFを投与すると高くなった(P<0.05).1日当たりのメタン発生量は,
チモシー乾草給与時の対照処理で295.0L,RF投与処理で250.8L,ビール粕サイレージ給与時の対照処理で260.0L,
RF投与処理で229.4Lであった.チモシー乾草給与時に比べ,ビール粕サイレージ給与時のメタン発生量は減少し
(P<0.05),RFを投与すると,さらに減少した(P<0.05).
本研究における一連の試験の結果から,圧ペン大麦主体の濃厚飼料多給与条件下の去勢牛にRFを投与すると,
環境負荷物質であるメタンの発生量の抑制だけでなく,窒素の排泄量の抑制にも効果があることが確認された.
また,RFを利用することは,第一胃内粘膜上皮に対する機械的刺激作用の少ない食品製造副産物の有効利用にも寄与し,
ビール粕サイレージ給与時にRFを投与すると,さらにメタン発生量を抑制することが明らかとなった.
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