氏 名 渡邉 知子 本籍(国籍) 宮城県
学位の種類 博士 (工学) 学位記番号 工博 第76号
学位授与年月日 平成15年3月20日 学位授与の要件 学位規則第4条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 工学研究科 生産開発工学専攻
学位論文題目 地形改変を伴う開発地域周辺の風の流れ場の変化予測に関する研究
論文の内容の要旨

 大規模な森林伐採や地形改変を伴う開発行為は、生態系の破壊、自然景観の阻害、 微気候の変化など周辺地域の環境に様々な影響を及ぼすため、環境保全状問題となる場合が多い。 そのため、開発に先立って行われる環境影響評価の必要性が高まってきている。環境影響評価では、 公害系や自然環境系の様々な項目に関する調査・予測・評価が行われているが、 周辺地域の生活環境や生態系にも影響を及ぼす微気候に関する項目は、ほとんど取り上げられていないのが現状である。 その理由は、微気候要素のうち最も重要な要素である風の流れに関する調査・予測・評価には、多大な時間と費用を要するためである。

 そこで本研究では、森林伐採や地形改変を伴う開発行為が、周辺地域の風の流れにどのような影響を与えるのか、 周辺の地形や植生分布から予測する方法を確立することを目的として検討を行った。本研究で得られた結論を要約すると以下のとおりである。

 第1章は緒論で、研究の背景と関連する既往の研究ならびに研究の目的について述べた。

 第2章では、樹木には水平と鉛直方向に減風効果があり、風の流れに対して大きな影響力をもつことから、 樹木の伐採を伴う開発計画を事例として、樹木の伐採と密閉度の違いが周辺の風速変化に及ぼす影響について予測を行った。 その結果、水平方向では、風下側の風速は全体的には開発後に速くなるが、連林効果が得られる部分では遅くなること、さらに、 落葉した状態の方が繁茂した状態よりも風速が速くなることがわかった。また、鉛直方向では、風下側の風速は開発後に速くなること、 開発計画地内の風速は開発後に繁茂した状態では速くなり、落葉した状態では遅くなることがわかった。

 第3章では、開発地域周辺の風向・風速を予測する式を導くために、東北地方のアメダス気象観測点を対象として、 風向・風速に関する影響因子解析を行った。まず、半径1㎞内の地形の状況から風の流れに影響を及ぼす地形の状態を地形因子として、 10種類12因子で定義した。また、地形以外で風の流れに影響を及ぼすものとして、半径1㎞内の樹木の状況から減風率を樹木因子として定義した。 はじめに、周辺の地形の形態と風向の関係について検討した。その結果、地表付近における風の流れは、 周辺の地形の状態によって異なる傾向を示すことが明らかとなり、地形因子を用いて風の流れを特徴付ける沿岸、平地、平地と山の混在、 山間の4つの地形形態に分類する方法を確立した。つぎに、観測点における風向頻度、 平均風速と観測点周辺の地形および樹木因子との関係について重回帰分析を行った。 その結果、東北地方の日本海側と太平洋側における、平地と山の混在する地形形態の夏期と冬季について、 風向頻度と平均風速の予測式を導くことができた。いずれの予測式にも、地形傾斜の偏差と減風率が含まれることから、これらの因子は風向、 風速の予測において重要な因子であることが明らかとなった。国土の70%以上を産地や丘陵地が占めるわが国では、 平地と山の混在する地域が開発行為の対象となる場合が多いため、このような地形形態における予測式を導き、 風の流れを予測することは極めて重要なことであるといえる。

 第4章では、開発地域周辺の強風の発生状況を予測する式を導くために、強風の発生に関する影響因子解析を行った。 開発によって引き起こされる風害について考える場合、強風の発生による影響を予測する必要がある。 そこで、環境影響評価の観点から生活環境への影響を考慮して、風速4m/s以上の風を強風と定義し、東北地方のアメダス気象観測点を対象として、 観測点における強風発生頻度、強風風向頻度と観測点周辺の地形および樹木因子との関係について重回帰分析を行った。 その結果、強風の発生割合が高い東北地方日本海側の、平地と山の混在する地域形態の春季、秋季および冬季について、 強風発生頻度と強風風向頻度の予測式を導くことができた。強風発生頻度の予測式には最低点標高差と標高の偏差が含まれており、 また、強風風向頻度の予測式には海抜高度、地形傾斜の偏差および減風率が含まれていることから、 これらの因子は強風の発生状況の予測において重要な因子であることが明らかとなった。

 第5章では、第3章および第4章で導かれた予測式の信頼性について検討を行った。 はじめに、予測式による予測結果と現地観測データとの比較を行った。 その結果、予測結果は50mメッシュの地形および樹木情報をもとにしているのに対して、 観測結果には地形や樹木以外に近接する建物などの影響が含まれていることを考慮すると、予測結果と観測結果は、 おおむね一致していることが確認された。つぎに、一般的な予測方法である風洞装置を用いた実験を行いて予測結果との比較を行った結果、 地上高さ5mにおける風速は良く一致した。したがって、導かれた予測式は、 地表付近の風の流れを予測するために十分な精度と信頼性を有しているものと判断された。

 第6章では、本研究で導かれた予測方法を用いて、樹木の伐採と地形改変を伴う開発計画3事例を対象として、 開発地域周辺の風の流れ場の変化予測を行った。その結果、いずれの事例においても、開発によって卓越風向風位や風向頻度、 平均風速に変化は生じるが、大きな変化がある地点は開発計画地内にあることから、 開発による周辺の住宅地などの直接的な影響は少ないものと予測された。 しかし、宮城県石巻市の事例の場合には、開発計画地の北西側の住宅地での卓越風向方位が、開発計画地が風上側となる南東を示すことから、 南風が卓越する場合には粉じんの飛散、騒音の伝播などの被害が発生することも考えられる。 さらに、山形県村山市の事例の場合には、開発計画地の南東の住宅地では、開発によって風向頻度、平均風速、 強風発生頻度および強風風向頻度が増加する傾向にあることから、予測卓越風向方位である、 北西からの季節風が吹く冬季には大きな影響があると考えられる。

 第7章は結論で、本研究で得られた成果を総括し、結論を導いた。

 以上、本研究では、樹木の伐採や地形改変を伴う開発計画地周辺の風の流れを、周辺の地形の状態や樹木の分布から算出する予測式を導出した。 この予測式を用いた予測方法は、従来の予測方法である風洞実験や数値解析による方法に比べ、周辺の地形と植生に関する情報があれば、 短時間に経済的な予測を行うことが可能であるという利点を有する。

 山地や丘陵地が多いわが国では、生活地域近傍での大幅な地形改変を伴う開発が行われるケースは、今後ますます増加するものと思われる。 すなわち、開発が生活環境に影響を及ぼし、問題化する場合が増加することが懸念される。 そこで、本研究で導かれた予測方法を用いることによって、開発の計画段階で風の流れを把握し、 計画変更や残地森林の配置などの十分な対策を行うことが可能になると考える。

 本研究で得られた一連の成果は、樹木の伐採や地形改変を伴う開発が周辺地域の風向、風速、 強風発生などの風況変化に及ぼす影響を究明する上で重要な知見をもたらしたものと考える。