氏   名
いいむら けいじ
飯村 敬二
本籍(国籍)
福島県
学位の種類
博士(農学)
学位記番号
連論 第69号
学位授与年月日
平成 14年 9月 13日
学位授与の要件
学位規則第4条第2項該当 論文博士
学位論文題目
水稲幼苗の還元抵抗性の特性に関する基礎研究
( Tolerance Characteristics of Rice Seedings to Low Reduction-Oxidation Potentials )
論文の内容の要旨

 日本農業の中核である中小規模の稲作経営は、輸入農作物・高齢化する農業従事者・ 減少する農業後継者の影響を受け、困難となり、従来のイネ中心の中小規模農業形態から、 稲作の大規模化あるいは複合農業経営への改善がせまられている。 農業形態の改善にともない、従来の移植栽培とは異なり、収量を維持しつつ、省力・省経費を実現する 栽培体系である湛水直播栽培の導入が検討されている。 しかし、苗立率安定化のための湛水直播栽培法における省経費に関して問題が提起されている。 すなわち、カルパー処理はむしろ経費を高める結果となっている。 本研究は、苗立率安定化のための遺伝的特性に関する基礎的知見を検討することを目的として、 解剖学的検討、品種選抜の検索に関する基礎的な課題を検討した。

 初期生育における光学顕微鏡による茎と根のイネ植物組織の観察において、発芽5日目で、 鞘葉に破生組織が観察された。 このことは、イネが湛水環境に適応して、通気組織を発達させた結果、 茎から根までの通気組織が形成されはじめたことを示唆している。 また、播種直後に根より茎の通気組織の発達が先行することは、無酸素環境での発芽において、 鞘葉が伸長成長し、酸素を確保するため、根の成長より茎の成長が優先される特性を反映していることを 示唆している。 なお、三浦(1932)が発芽後14日目に根組織に通気組織が発生することを報告しているが、 本研究においては、発芽後15日目(2葉期)に破生組織が発達し、 中心柱に発達した木部組織が形成された時期と一致していた。 ただし、本実験の期間では、通気組織の発達は、充分であるとはいえない結果が得られた。 本実験の吸水開始後1週間では、嫌気的呼吸により、発芽に必要なエネルギーを得ていると推察される。

 イネの湛水直播栽培における発芽初期段階での還元抵抗性を検討するために、強還元土壌における 環境要因を室内で再現した試験装置を作成した。 作成した装置により、低酸化還元電位(-150~-200mV)を長期間にわたり維持できた。 恒温器を用いることで、低還元と異なる温度条件を組み合わせた試験が可能である。 さらに、本装置は水田土壌の還元が進行し、最終段階で発生する幼苗の生育に有害なH2Sを添加し、 H2Sの幼苗生育への効果も実験が可能である。

 還元抵抗性を有する品種の検索を目的として、日本型12品種を供試し、 本研究で作成した低還元溶液を用いて還元抵抗性の品種間差異を検討した。 イネ種子は、2日間芽だし、得られた幼苗は低酸化還元電位溶液中で2日間還元処理し、 ついで3日間蒸留水で培養して還元処理からの回復速度を検討した。 また、還元と温度処理の相互作用を検討するため、18℃および30℃の温度処理区を設けた。 発芽処理、還元処理、回復処理の後に茎根長を測定した。 茎根長測定の結果、18℃および30℃温度区での還元処理区における茎長は、藤坂5号、ササニシキ、 トドロキワセ、トヨニシキが長い傾向を示した。 18℃および30℃温度区での回復処理区における茎長は、トドロキワセ、トヨニシキが長い傾向を示した。 また、愛国、亀の尾、旭は、いずれの温度区でも長い傾向を示した。 18℃および30℃での還元処理区、回復処理区における根長は、陸羽132号、農林8号、 コシヒカリ、トヨニシキが長い傾向を示した。 このことから、茎根伸長は、単一の遺伝子系で制御されていないことが示唆された。 しかし、本試験においては、トヨニシキが処理区を通じ茎長と根長とも良好な伸長結果を示し、 低・高温処理、還元処理、回復処理における茎根の伸長を促進する遺伝子系が集積されている 可能性が示唆された。 18℃における還元処理、回復処理の、茎根長に関しては、還元抵抗性と回復速度との間に 有意な相関は見られなかった。 これは、低温と低還元電位の二重ストレスにより茎根伸長が著しく阻害されたことを示唆している。 ただし、茎根伸長の回復が早い傾向を示したのは亀の尾と愛国であった。 30℃処理における茎根長は、還元抵抗性と回復速度との間に有意な相関を示した。 茎根長とも高い値を示したのは、農林22号、亀の尾、藤坂5号、トドロキワセ、 トヨニシキであった。 良食味品種のササニシキ、コシヒカリでは、還元抵抗性と回復速度とも低い傾向を示した。

 以上のことから、イネは、湛水直播栽培の播種後から約1週間では、通気組織の 発達が充分ではないことが示唆された。 また、低温および還元の二重ストレスは、播種期において厳しい生育環境であり、 イネの鞘葉と種子根の成長が阻害され、茎根の伸長成長を制御する遺伝子が複雑であることが推測された。 今回、還元処理、回復処理、低温処理において総合的に良好な茎根伸長成長を示したトヨニシキは、 湛水直播栽培適応品種育成に母本として利用できる。 また、良食味品種のササニシキ、コシヒカリを母本として、直播栽培適応品種を育成するために 近代品種ではトドロキワセ・トヨニシキ・藤坂5号が、さらに亀の尾・農林22号が利用できることが示唆された。