氏   名
さぎさか あき
勾坂 晶
本籍(国籍)
宮城県
学位の種類
博士(農学)
学位記番号
連論 第66号
学位授与年月日
平成 14年 3月 23日
学位授与の要件
学位規則第4条第2項該当 論文博士
学位論文題目
カブトムシ抗菌性ペプチドの特性と遺伝子発現の解析
(Characterization and gene expression of antibacterial peptides from a beetle, Allomyrina dichotoma ( Coleoptera: Scarabaeidae ))
論文の内容の要旨

 昆虫は脊椎動物とは異なる免疫系を高度に発達させることが今日の地球上での 繁栄の一因となっている。特に液性系免疫の構成因子である抗菌性ペプチドは、昆虫免疫系の主幹を 成すと共に、新規の抗菌物質としての機能利用が農学や医学の面で試みられている段階である。カブト ムシの体液中には、細菌接種により数種類の抗菌性ペプチドが体液中に誘導されてくる。これらは強い 抗菌活性を持つことが確認されているが、より詳細な生体内での機能を明らかにするために、遺伝子 発現機構と、抗菌作用の解析を行った。

 アミノ酸配列の解析によって明らかになっている配列よりdegenerate primerを設計し、大腸菌を 接種した虫体から脂肪体を摘出し、ここより抽出したmRNAを用いて、RT-PCRでcDNA配列を決定 した。その結果、一つはグリシンリッチタイプ抗菌性ペプチドファミリーに属し、そのアイソフォームも 同定された。そしてもう一つはシステイン残基を6つ含むディフェンシンでありその位置は完全に保存 されていた。抗菌性ペプチドの分類上の特色により、それぞれをカブトムシコレオプテリシンA及びB、 カブトムシディフェンシンと命名した。

 コレオプテリシンとディフェンシンの遺伝子発現様式をノーザンブロッティング法により解析を 行った。コレオプテリシンとディフェンシンいずれも主要な発現部位は脂肪体と血球であり、弱い 転写産物がマルピギー管でも認められた。常在性ではなく大腸菌接種後数時間で発現が誘導されてくる 反応性の早いものであった。ノーザンブロッティング法ではアイソフォームの違いを検出することは できないため、RT-PCRで解析したところ、大腸菌は黄色ブドウ球よりも強い誘導活性を持つことが 明らかになった。また脂肪体での発現量はアイソフォーム間に違いが見られなかったものの、血球に おいてはコレオプテリシンAがBよりも強く発現しており組織特異性が認められた。

 コレオプテリシンファミリーの解析は余り報告されておらず、この特性を解明するために 融合タンパク質としての大腸菌の発現系で大量生産を試みた。融合タンパク質は宿主に影響を 与えることなく大量に発現し、酵素処理により天然型と同じペプチドを十分量得ることができた。 この発現系はコレオプテリシンの大量生産に適したものと考えられた。この組み換え体コレオプテ リシンの抗菌スペクトルを調べたところ、グラム陰性細菌よりもグラム陽性細菌に対して強い活性を 示した。この抗菌作用機構は、リポソーム膜に対する透過性の実験により膜に作用して穴を空けて 内容物を漏出させるものでないことが明らかになった。また形態学的手法により細菌の分裂時に作用し、 増殖阻害を引き起こしていることが明らかになった。

 コレオプテリシンとディフェンシン遺伝子の5’上流転写制御領域には、TATA box の近くに 抗菌性ペプチドの転写活性化に関わるとされるNF-κB結合様配列が存在した。そしてその近傍には R1、GATAモチーフ、NF-IL6 モチーフが認められ、この領域が転写制御に関与することが示唆 された。

 さらに詳しく解析するために、コレオプテリシンAのプロモーター領域をレポーターベクターに 連結させ、昆虫培養細胞にトランスフェクションして転写活性を測定した。その結果、NF-κB結合様 配列がシスエレメントとして必須であり近傍のR1も協調して転写活性化に関与していることが明らかに なった。このトランスフェクションはカイコの培養細胞で行ったので、in vivoにおけるこの配列に特異的 に結合するタンパク質の有無をゲルシフトアッセイで調べたところ、核抽出液中にはNF-κB結合様配列中 の機能領域を特異的に認識し、免疫誘導によって核内に移行してくるタンパク質が転写因子として存在する 可能性が示唆された。このような転写因子はショウジョウバエなどでRelファミリーが同定されており、 ファミリー間で高く保存されている領域よりdegenerateプライマーを設計してRT-PCRによるcDNA クローニングを試みた。その結果カブトムシからはA. d. rel A、A. d. rel Bと命名された2つのRel ファミリーの転写因子が同定された。そしてA. d. rel Aとの共発現によりコレオプテリシンAの転写活性が 上昇し、その認識配列はNF-κB結合様配列とR1であることが明らかになった。

 以上の結果により、カブトムシの体液中には細菌接種によって3種類の抗菌性ペプチドが発現誘導され、 コレオプテリシンは細胞分裂期に細菌に作用し抗菌活性を示すタイプであることが明らかになった。 そしてこの抗菌性ペプチド遺伝子の転写はLPS応答性のシグナル伝達系によって制御されていることが 明らかとなった。