本研究は、寒冷地水田における水稲栽培が、その耕種方法や水田管理を通して、
温室効果ガスの一つであるメタンの発生にどのように影響しているかを把握し、寒冷地における
特徴と発生量を明らかにするとともに、効果的で普及性のあるメタン削減方法を構築することを
目的に行った。得られた結果の概要は以下の通りである。
寒冷地水田において、水稲の作付け後に採取した土壌のメタン生成量は、土壌型や
有機物含量により異なり、特に多湿黒ボク土で多かった。多湿黒ボク土のメタン生成量は
灰色低地土の9.3倍~19.0倍であり、有機物施用により灰色低地土は1.7倍、多湿黒ボク土は
6.8倍にメタン生成量が増加した。風乾土と生土のメタン生成量の比(A/W値)は灰色低地土が
2.7~10.6、多湿黒ボク土が16.4、153であり、土壌型や有機物管理により大きく異なった。メタン
生成量が土壌の乾燥の影響を受け始める際の含水比は4.8~8.4%であり、窒素の無機化量が
増加し始める際の含水比(12.8~77.6%)より低かった。
栽培期間中の水田から採取した土壌のメタン生成能は、窒素封入により7日間の
培養値から求めることとした。メタン酸化能は、空気-メタンが80:20の混合気体による
封入後、2日間の培養により求めることができた。この方法により求めたメタン生成能は
土壌還元を最大にした場合の、メタン酸化能は十分な酸素とメタンが供給された場合の
ポテンシャルと考えられた。また、メタン酸化能の値は、メタン生成能の値より2桁
大きかった。
寒冷地水田におけるメタン発生の推移は、石橋らの示した湿田のパターンに分類され、
乾田型のパターンは出現しなかった。寒冷地では、中干し前の気温(≒地温)が低いこと
から、同時期のメタン発生量は少なかった。中干し後にメタン発生量が急増することから、
間断かんがいにおける湛水期間の日数を少なくすることが効果的であり、とくに黒ボク土
では顕著であった。 また、有機物施用によりメタン発生量が増加した。稲わら施用により
増加するメタンは、通常の水管理では削減が難しく、腐熟の促進や堆肥化が必要であった。
畑を水田に復元した場合、初年目は土壌に酸化的な特徴が残り、また稲わら、稲株等が
施用されないことから土壌Ehの低下が遅く、メタン発生量は激減した。復元2年目以降は
土壌Ehの低下が早くメタン生成能が高まり、メタンの発生量が多くなった。復元3年目は
メタン生成能が復元2年目より低下し、メタン発生量が2年目より少なくなった。
寒冷地水田では、土壌有機物と施用有機物の分解が西南暖地より遅れ、移植から中干し
までの間のメタン発生量が少なくなると考えた。その後、西南暖地より遅れて分解した
有機物由来のメタン発生が、根分泌地物由来のメタンと重なり合って発生し、出穂以降の
メタン発生量を多くしている可能性があった。 山形県の水田から発生するメタンの総量は、
年間約16,553tと推定された。単位面積当たりの発生量は20.8m-2であり、作付面積等から
みたメタン発生量は全国平均並であった。
水田から発生するメタンの普及性のある削減技術を組み立てる場合、耕種条件をいかに
メタン発生の少ないものにするかが最も重要であった。稲わら施用に当たっては、少なく
とも腐熟促進資材を併用することが必要であった。秋耕はメタン削減効果がより高いこと
から、積雪寒冷地で実施可能な条件を研究し、今後導入する必要がある。活着期から有効
分げつ期にかけての保温的水管理等により増加するメタン量より、中干しを実施することに
より減少するメタン量が大きかった。中干し後の間断かんがいは、水稲の生育に負の影響が
生じない範囲で、落水期間を延長することが効果的であった。田畑輪換にともない、畑転換田を
水田に復元した場合の畑転換効果は3年と考えられるが、復元2年目以降に連作水田以上の
メタンを発生させる可能性があった。したがって、復元田においては、メタン発生量が増大
する前に畑転換することが選択肢の一つであった。しかし同時に、前述したような有機物施用と
栽培期間中の水管理を組み合わせることにより、復元田でのメタン削減効果をより持続させる
ことが可能であると推察された。