氏   名
わたなべ みつる
渡辺 満
本籍(国籍)
愛知県
学位の種類
博士(農学)
学位記番号
連論 第61号
学位授与年月日
平成 13年 9月 14日
学位授与の要件
学位規則第4条第2項該当 論文博士
学位論文題目
ソバ及びヒエ種実の抗酸化成分に関する研究
(Studies on antioxidative components from buckwheat (Fagopyrum esculentum Moench) and Japanese barnyard millet (Echinochloa utilis) grains)
論文の内容の要旨

 ソバ及びヒエは,岩手県を含む北東北地域の地域特産物であり, 健康食品として認識されている。本研究は,ソバ及びヒエ種実の健康への寄与を科学的に明らかにすることを 目的として,両種実に含有される抗酸化物質の検索を行い,また,機能性成分に富んだ,特徴ある新品種の 育成に資するため,ソバ種実抽出物の抗酸化能の,簡易推定法の開発を試みた。

1.ソバの実に含まれる抗酸化成分
 ソバ種子の可食部である子実からは,AMVNを反応開始剤とした過酸化脂質の生成抑制活性 (以下ラジカル消去活性)を指標として,5つの抗酸化物質を単離した。NMR,MS等の機器分析 の結果,これらはルチン,及び4つのカテキン類と同定した。すなわち,広く作物に分布する (-)-エピカテキン(1)に加え,配糖体の(+)-カテキン7-O-β-D-グルコピラノシド(2), エステル化物の(-)-エピカテキン3-O-p-ヒドロキシベンゾエイト(3), (-)-エピカテキン3-O-(3,4-ジ-O-メチル)ガレート(4)であった。この中で化合物4は 新規物質であり,2,3については,ソバ種子から初めて単離された化合物であった。特に, カテキン類は配糖体として存在するのは希なことから,化合物2は,ソバを特徴づける化合物と位置づけ できる。これらカテキン類のラジカル消去活性はいずれもルチンよりも高かった。

2.ソバ殻に含まれる抗酸化成分
 ソバ種子の発芽能は長期保持可能であることから,ソバ殻には酸化ストレスに抗する抗酸化物質 が豊富に含まれることが期待された。検索の結果,実と同様ルチンに加え,フラボノイドのヒペリン, ケルセチン,ビテキシン,イソビテキシン,低分子フェノール化合物であるプロトカテキュ酸, プロトカテキュアルデヒドを初めて単離し,また多量成分としてプロアントシアニジンのフラクションを 得た。プロアントシアニジンは基本構成単位として(-)-エピカテキン等を含み,重合度の高いポリマーと して存在していることを明らにした。

3.ヒエ種実に含まれる抗酸化成分
 雑穀類の中でも貯蔵性の高いヒエ子実からは,抗酸化物質としてN-(p-クマロイル)セロトニン, フラボンのルテオリン,トリシンを単離・同定した。N-(p-クマロイル)セロトニンはこれまでに 紅花種子のみから単離されている化合物であるが,本実験ではBHAに匹敵する強力なラジカル去活性が認め られ,炎症性サイトカイン(TNF-α,IL-1α,IL-1β,IL-6)の産生抑制活性が報告されている。また トリシンは,植物体では昆虫の摂食阻害因子として機能していることが報告されており,機能性としては 抗腫瘍性が確認されている。このように,ヒエ種子から,特徴的な機能を有する抗酸化物質を初めて 単離・同定した。

4.高抗酸化活性品種育成のためのソバ遺伝資源抽出物の抗酸化活性の変異の調査及び活性の迅速推定法の開発
 ソバ及びヒエの作物としての有用性を一層高めるためにも,機能性に優れた品種の育成が望まれる。 そのためには,有用な素材を選定すること,及び育種の現場で利用できる簡易・迅速な抗酸化活性の評価法の 開発が極めて重要である。そこでソバ種子抽出物の抗酸化活性の評価法,及びその簡易推定法を検討した。その結果, ソバ種子からの抽出溶媒としては極性の高いエタノールが適当であり,抽出後は少なくとも一ヶ月は活性が安定な ことを明らかにした。本法により遺伝資源間の変異の検定は可能であったが,測定法としては煩雑であることから, 総ポリフェノール量(Folin-Denis法)からの推定の可否を検討した。その結果,実では標準誤差4.1%,殻では2.8% で脂質過酸化度の推定が可能であった。本法は,効率的な素材の選抜法として利用できると考えられた。

 

 以上のように,東北地域の特産物であるソバ,ヒエ種実に含まれる複数の主要な抗酸化物質を新規に 解明するとともに,新品種育成に利用できる簡易評価法を開発した。ソバ,ヒエ以外の雑穀類には,やはり 地域特産物として重要なアワ,キビ,ハトムギ等が,機能性物質が未解明のまま残されている。今後こうした 作物の機能性物質の検索を進め,データベース化を図ることにより,新たな利活用法の開発,新品種育成の 基礎資料として活用できると考えられる。またソバ及び雑穀類の食品として摂取した場合の効能や,今回 明らかにした化合物の機能性は,小動物を使用した試験により,確認が必要である。