氏   名
うえはら ありつね
上原 有恒
本籍(国籍)
東京都
学位の種類
博士(農学)
学位記番号
連論 第60号
学位授与年月日
平成 13年 9月 14日
学位授与の要件
学位規則第4条第2項該当 論文博士
学位論文題目
アルカンによる家畜採食量推定方法の確立
-中国・新疆ウイグル自治区,甘溝郷における遊牧羊の採食量の季節変動-
(Establishment of intake estimation of nomadic sheep using n-alkanes as a maker)
論文の内容の要旨

 本論文は,指示物質法の中でも,個々の家畜の牧草消化率の違いを 考慮できるアルカン法を用いた遊牧家畜の採食量推定方法の確立を目的とし,持続的な草原 利用形態を知るためのモニタリング方法を導き出す第一歩となるものである。

 本論文ではまず,アルカン含量の異なる4種類の牧草をめん羊に給与し,草種の違いが アルカンの糞中回収率に与える影響と,アルカン法による採食量の推定精度に与える要因に ついて検討した。アルカンの糞中回収率は,草中の含量や草種より炭素鎖の長さによって 影響された。しかし,炭素鎖が長く,組み合わせる奇数鎖の草中含量に大きな差があるときは, 草中含量の高い奇数鎖を用いることによって,炭素鎖間の糞中回収率の比は小さくなった。 また,炭素鎖が長く草中の含量が高いアルカンの糞中回収率は,牧草の乾物消化率の影響を 受けにくく,植生が複雑な草地においてもアルカン法が適用できることが示唆された。 チモシー(Phleum pratense L.)の草中のアルカン含量は41μg/gDMであったが,採食量の 推定誤差はほとんど見られす,アルカン含量の低い草種でもアルカン法が適用できることが 示唆された。

 次に,実際の遊牧条件下の草地の植生とアルカン組成を調べた。遊牧に用いられる草地は 自然草地であるため,出現した草種構成は複雑であった。しかし,草種構成は,いずれの草地 でも,4から5草種で全体の80%以上を占めた。草中のアルカン含量は,奇数鎖で高く偶数鎖で 低かった。主要草種を通して含量の高かった炭素鎖はC31であった。草中のC31の含量は, Trifolium repens L.の31μg/gDMからAlchemilla tianschanica Juz.の680μg/gDMの 間であり,多くの草種で100から300μg/gDMの間であった。これは,分析定量に十分 な値であった。

 遊牧草地では,出現草種が多く,家畜による選択採食が家畜のアルカン摂取量に影響 すると予想された。そこで,糞中の炭素鎖別のアルカン含量の日間変動から,選択採食の 影響を調べた。C29に対するC31の割合の変動係数は,試験期間を通して,夏草地Bで6%, 秋草地Aで7%,秋草地Bで3%であった。このことは,家畜が摂取したアルカン含量は, 試験期間中ほとんど変動が見られず,家畜の選択採食の影響は,ほとんどないことが 示唆された。

 アルカン法においては家畜が摂取したアルカン含量の同定が採食量の推定精度に大きく 影響する。しかし,遊牧条件下では,家畜が摂取した草種の同定は労力的に非常に困難で ある。特に,夏草地では,標高2,500m以上の山間地において放牧され,行動観察などに よって採食草種を同定することはきわめて難しい。しかし,草地の植生は,4から5草種に よって全体の80%以上が占められており,さらに,家畜の選択採食の影響はほとんど見られ ないことから,草地全体のアルカン含量を知ることによって,家畜が摂取できるアルカン 含量を知ることができると推察された。坪刈りなどによって草地全体のアルカン含量を知る ためには,測定点数を増やす必要があり,広大な面積の遊牧草地においては困難である。 そこで,主要草種のアルカン含量をそれぞれの草種の出現率で補正することにより,草地の アルカン含量の変動は少なくなり,草地全体のアルカン含量を知ることができた。

 以上のことから,アルカン法を用いて遊牧家畜の採食量を推定することができた。 アルカンを指示物質とした放牧家畜の採食量の推定は,個々の家畜の採食量が正確に求め られるという利点だけでなく,放牧条件下で自然に存在する物質を用いているため,環境に 対する影響が少ないという優位性も持っている。特に,遊牧草地においては,施肥などの 人間による管理は行われず,外部資材の投入による自然環境への影響については未検討の 事柄が多い。持続性を調査するための調査方法そのものが,持続性を破壊するもので あってはならない。このことは,従来法であるCr2O3/in vitro法と比べて,アルカン法の 優位性の高さを示した。