氏   名
たかくわ なおや
高桑 直也
本籍(国籍)
北海道
学位の種類
博士(農学)
学位記番号
連研 第219号
学位授与年月日
平成 14年 9月 30日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻
連合農学研究科 生物資源科学専攻
学位論文題目
微生物スフィンゴ脂質の構造特性、機能ならびに代謝関連遺伝子に関する研究
( Studies on structural characterization, function and metabolism-related genes of sphingolipids in microorganisms )
論文の内容の要旨

 

 著者は、動植物スフィンゴ脂質に比して十分な研究がなされていない微生物スフィンゴ脂質に注目し、 その構造特性、機能ならびに代謝関連遺伝子に関する研究を展開し、以下のような幾つかの新しい知見を得た。

 1.著者は、まず真菌類の中でまだ化学構造に関する定説的な知見が得られていなかった キノコスフィンゴ脂質を系統的に分析し、9-メチル-4-トランス, 8-トランス-スフィンガジエニン(9-Me d18:24t,8t)が 糸状菌や酵母と同様にキノコ類でもセレブロシド(グリコシルセラミド)の代表的なスフィンゴイド塩基であること、 またその特異な塩基が他のスフィンゴ脂質クラスにも微量ながら存在することを初めて明らかにした。 さらに、中性スフィンゴ糖脂質クラスとイノシトールリン酸含有型酸性スフィンゴ脂質の主要セラミド種の タイプを提示し、スフィンゴ脂質クラス間での構造的関連性を明確にした。 次いで、リン脂質リポソームの流動性に及ぼす真菌セレブロシドの影響を蛍光偏光解消測定によって評価し、 スフィンゴイド塩基部に存在する9-メチル基は植物セレブロシドの8-シス不飽和スフィンゴイド塩基と同様に セレブロシドの添加による膜流動性の低下を軽減する上で効果的であることを実証した。 これらの成績は、真菌セレブロシドの構造と機能に関する新しい概念を提示したものである。

 2.出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)には真核生物の代表的なスフィンゴ糖脂質である セレブロシドが存在しない。 そこで、4属31株の酵母についてセレブロシドの分布を検討したところ,S. kluyveriとその近縁の酵母計6種に セレブロシドが分布することを発見した。 さらに、S. kluyveriKluyveromyces lactisの構成分を分析するとともに、セレブロシドの存在が認められた 酵母のゲノムDNAからdegenerate PCRおよびTAIL-PCR法によってセレブロシド合成酵素(glucosylceramide synthase, GCS)およびΔ8-スフィンゴイド塩基不飽和化酵素(Δ8-sphingolipid desaturase, SLD)遺伝子を 真菌由来では初めてクローニングに成功した。 S. kluyveriの構成スフィンゴイド塩基としては、9-Me d18:24t,8tが全体の39%を占め、 その他に4-トランス, 8-トランス-スフィンガジエニン(27%)や4-トランス-スフィンゲニン(20%)も検出された。 これらの不飽和ジヒドロキシ塩基はセレブロシド欠損の酵母では検出されなかった。 また、S. kluyveriではトリヒドロキシタイプのスフィンゴイド塩基が既報の真菌セレブロシドよりも 多く含まれていた。 さらに、上記遺伝子の分布をPCR法で検討した結果、大部分のSaccharomyces属とその近縁酵母において セレブロシドが存在しない原因はセレブロシド合成に関わる酵素遺伝子の欠損によると結論付けられた。 S. cerevisiaeの起源はK. lactisとされていることから、著者は上記の結果ならびに酵母の 全ゲノムデータを総合的に考察し、両属共通の祖先が2種のセラミドプールのうち、 イノシトールリン酸含有スフィンゴリン脂質を必須成分に取り込み、K. lactisからS. kluyveriになるにつれて セレブロシド合成系が細くなり、それがS. cerevisiaeへと分化する過程でセレブロシド合成系が欠落したものと 推定した。 また、S. kluyveriおよびK. lactis由来の上記酵素遺伝子の発現結果から、 両酵素はいずれも基質となるセラミドの構造の中でもスフィンゴイド塩基部分を厳密に認識するものと推測された。

 3.著者の研究室では、先に酢酸菌では細胞膜中のセラミドの増量化が酢酸産生能に深く関連することを 生化学的な手法で証明したが,そのセラミド機能を検証するには分子生物学的なアプローチが必要である。 著者は、Acetobacter pasteurianusからセラミド合成の初発反応に関わるセリン パルミトイルCoA縮合酵素 (serine palmitoyltransferase, SPT)をコードする遺伝子をクローニングするとともに、 palmitoyl-CoA合成に関わるacyl-CoA synthetase遺伝子と予想される配列を確認した。 また、酢酸菌には微量ながらもグルクロン酸含有型セレブロシドが認められるが、 その合成に係わると推定されるGCSホモログも初めてクローニングし、さらに糖供与体であるUDP-グルクロン酸を 合成するUDP-glucose dehydrogenaseをコードする遺伝子配列を明らかした。 これまでに原核生物のスフィンゴ脂質代謝遺伝子として構造と機能が解明されているのはSPT遺伝子のみで あることから、本研究は多くの新たな知見を集積したものと言える。 著者は、同時に、供試菌株からエタノール酸化系に関与する3種の酵素群(アルコールデヒドゲナーゼ、 アルデヒドデヒドロゲナーゼおよびユビキノールオキシダーゼ)のすべてのサブユニットをコードする遺伝子を 初めて同一の酢酸菌からクローニングし、rDNAの塩基配列と併せて同属菌との異同を考察した。