氏   名
こばやし さとる
小林 覚
本籍(国籍)
大阪府
学位の種類
博士(農学)
学位記番号
連研 第218号
学位授与年月日
平成 14年 9月 30日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻
連合農学研究科 生物資源科学専攻
学位論文題目
イネペプチド鎖伸長因子EF-1γの構造と機能
( Structure and functions of rice elongation factor 1γ )
論文の内容の要旨

 

 高等真核生物のペプチド鎖伸長因子EF-1は、EF-1α、β、β’およびγの4種類の異なる サブユニットから構成され、タンパク質生合成の中心的反応であるペプチド鎖伸長反応を触媒する。 EF-1αはGTPおよびアミノアシルtRNAと三重複合体を形成し、アミノアシルtRNAをリボソームへ結合させた後、 自らのGTPase活性によってリボソームから遊離し不活性型となる。 不活性型のEF-1αは、EF-1ββ’γ複合体のGDP/GTP交換活性により再生される。 EF-1βおよびEF-1β’はGDP/GTP交換活性をもつことが既に明らかになっているが、 EF-1γの機能は長い間不明であった。

 我々は、イネのEF-1γ遺伝子をクローニングし、塩基配列を決定し、 その塩基配列をもとにホモロジー検索を行ったところ、glutathione S-transferase(GST)のグルタチオンの 結合に関与するアミノ酸がEF-1γのN-末端領域によく保存されていることが明らかになった。 このことから、EF-1γがGST活性を保有する可能性が示唆されたため、本研究では、 イネのEF-1γがGST活性を有するか否かを解析することとした。

 コメ胚芽より精製したEF-1ββ’γおよび大腸菌で発現したEF-1γ(リコンビナントEF-1γ)を用い、 1-chloro-2,4-dinitrobenzene(CDNB)およびグルタチオンを基質にし、両者の抱合体の形成を分光学的に解析し、 GST活性を測定した結果、コメ胚芽EF-1ββ’γおよびリコンビナントEF-1γがGST活性を有することを明らかにした。 その活性は、それぞれコメ胚芽から精製したGSTの1/80および1/50であった。

 リコンビナントEF-1γとコメ胚芽GSTの酵素化学的、反応速度論的な解析を行った結果、 ①リコンビナントEF-1γは熱に不安定であり、34℃10分の処理で50%失活したが、20%(w/v)グリセロールの添加で、 50%失活の温度は39℃と上昇し安定化すること、 ②コメ胚芽GSTおよびEF-1ββ’γの50%失活の温度は 各々68℃および42℃であり、グリセロールの添加による安定化効果は殆ど認められないこと、 ③至適pHは、リコンビナントEF-1γでpH7.5、コメ胚芽GSTでpH7.0であること、 ④グルタチオンおよびCDNBの両基質に対するリコンビナントEF-1γのKmは各々0.27mMおよび0.67mMであり、 グルタチオンに対してコメ胚芽GSTと同等の基質親和性を持つこと、 ⑤リコンビナントEF-1γおよびコメ胚芽GSTの反応機構は、いずれも “rapid-equilibrium random Bi Bi mechanism”であること、 ⑥リコンビナントEF-1γは単量体、コメ胚芽GSTは二量体として存在すること、を明らかにした。

 EF-1γがGST活性を保有することが明らかになったことから、EF-1γがGSTと同様に 活性酸素除去系の生体防御に機能していることが示唆された。 このことから、EF-1γがGSTと協調した発現制御を有することが予測された。 そこで、イネ培養細胞におけるEF-1γ mRNAおよびタンパク質の発現を解析した結果、 EF-1γは酸化ストレス処理やGSTを誘導することが知られている様々な処理によって、 発現に大きな変動は認められなかった。 このことから、EF-1γは生体防御に関連する発現制御は受けていないことが示唆された。 これらの結果は、EF-1γの保有するGST活性が活性酸素除去などの生体防御に機能している可能性が 低いことを示している。

 GSTがダイマーを形成することから、EF-1γのN末端領域にあるGST様のドメインがタンパク質-タンパク質間の 相互作用に機能していることが予想された。 そこで、EF-1γの機能ドメインの解析を行った。 その結果、EF-1βサブユニットとの結合に関与するドメインがイネEF-1γアミノ酸配列の170番目から 269番目までの間に存在することを明らかにした。 GST様のドメインは、この領域に含まれていないことから、EF-1ββ’γ複合体形成に機能するものではなく、 他の機能を持つドメインとして働いているものと考えられた。

 以上のことから、EF-1γがGST活性を有することが明らかになり、EF-1γが多様な機能を 有することが示された。その活性は、従来のGSTの様に生体防御に関連する機能とは異なる新たな機能を 持つことが示唆された。 また、還元型グルタチオンがタンパク質生合成を促進することが知られており、 この促進にEF-1γが保有するGST活性が関与する可能性が考えられる。 本研究で得られた成果はEF-1γの生理的機能のみならず、EF-1の多機能性を解明する上で、 重要な知見であると考えられる。