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しみず たかゆき 清水 崇之 |
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山梨県 |
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博士(農学) |
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連研 第211号 |
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平成 14年 3月 23日 |
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学位規則第4条第1項該当 課程博士 |
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連合農学研究科 生物環境科学専攻 | ||
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天蚕休眠前幼虫におけるイミダゾール系化合物関連タンパク質の同定と遺伝子解析 (Isolation and cDNA cloning of imidazole compound-associated proteins from pharate first instar larvae of the wild silkmoth Antheraea yamamai) |
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日本原産の大型絹糸昆虫である天蚕Antheraea yamamaiは一化性の 昆虫であり,秋に産下された卵は,そのまま卵態で翌年の春まで休眠越冬をおこなう.卵内 では,幼虫体を完全に形成した後,孵化直前で休眠に入るため,この様式を前幼虫態休眠と 呼ぶ.この休眠は,自然界同様,長期間(60-90日)の低温(2-5℃)に接触することにより 打破される.一方,イミダゾール系化合物であるKK-42が天蚕の前幼虫態休眠に対して休眠 打破効果を持つことが発見され,今日人工孵化法として確立されている.以上のことは, 休眠中の前幼虫において低温やKK-42などの外的刺激に対する受容・伝達システムが介在する ことを示唆している.しかし,これらの機構に関する分子レベルでの知見は,現在のところ 全く得られていない.そこで本研究では,休眠打破剤であるKK-42の作用に着目し,天蚕の 前幼虫態休眠におけるイミダゾール系化合物関連タンパク質について解析した. 1.初めに,休眠前幼虫におけるKK-42の標的分子の探索をおこなった.KK-42は 疎水性の高い構造をしており,生体内でその機能を発現するためには何らかのタンパク質が 標的となることが予想された.そこで,KK-42アナログをリガンドとする樹脂を用いた アフィニティクロマトグラフィーにより,休眠前幼虫の可溶性画分においてKK-42に結合能を 示すタンパク質を検討した.休眠前幼虫全体から調製した可溶性画分をカラムに添加した後, NaClおよびエチレングリコールにより洗浄し,KK-42塩酸塩を添加することでKK-42結合 タンパク質を選択的に溶出した.この溶出したタンパク質をTricine SDS-PAGEで分析した ところ,2種類(40 kDaと45 kDa)のKK-42結合タンパク質を同定した.また,これらの KK-42結合タンパク質のN末端アミノ酸配列をそれぞれ明らかにし,さらに,45 kDaの タンパク質のN末端配列を抗原として抗体を作製した.この抗体を用いて,45 kDaのタンパク質 の変動および局在性を調査したところ,このタンパク質は休眠前より存在し,KK-42および 長期低温のどちらの休眠覚醒処理においても,個体レベルで休眠覚醒が確認される以前に消失 することが明らかとなった.このことから,45 kDaのタンパク質は休眠の維持,または休眠 覚醒後の発育に重要な因子であることが示唆された.また,このタンパク質は休眠前幼虫の 腸内容物として局在しており,母性由来の卵黄タンパク質であることが推察された.これらの ことは,昆虫の休眠打破剤がタンパク質を介して受容・伝達されることを示唆した初めての知見で ある. 2.45 kDa KK-42結合タンパク質は,卵黄タンパク質であることが示唆されたことから, 雌蛹に遡ってこのタンパク質の生合成過程を調査した.その結果,このタンパク質は,卵黄形成期 の卵胞において66 kDaの前駆体タンパク質として合成され,完成卵においては66 kDaと60 kDaの タンパク質として存在することが明らかになった.また,産下された後,発育した胚が卵黄を 飲み込む行動と時を同じくして45 kDaのタンパク質へと変化することを確認した.そこで, KK-42結合タンパク質の推定アミノ酸配列の決定を目的として,雌蛹の卵巣からcDNAクローニングを 試みた.その結果,502残基の推定アミノ酸配列をコードする1787 bpのcDNAをクローニングする ことに成功した.このアミノ酸配列は,66 kDa,60 kDa,45 kDa,40 kDaのタンパク質のN末端 配列を全て含んでおり,これらのタンパク質が同一遺伝子にコードされていることが明らかになった. また,この推定アミノ酸配列はカイコの卵特異的タンパク質と有意な相同性を示し,さらに,哺乳類の リパーゼにおいてみられるセリン残基を活性中心とする脂質結合部位も保存していた.これらの一次 構造および遺伝子に関する知見は,KK-42の作用点の解明のみならず,KK-42結合タンパク質として 同定したタンパク質の機能を解析するうえで,有力な情報になると考えられる. 3.休眠前幼虫の中枢神経系において,45 kDaのN末端部分アミノ酸配列を抗原として作製した 抗体に反応する約90 kDaのタンパク質の存在を確認することができた.より詳細な局在性を調査する ため,ホールマウント染色をおこなったところ,脳に2対,胸部神経節に1対ずつ,合計10個のニューロンに 陽性反応が確認された.天蚕の前幼虫態休眠において,特に胸部は低温の作用部位として注目されており, このタンパク質の解析は,低温受容との関連から非常に意義深い.そこで,このタンパク質の構造解析を 目的として,液体クロマトグラフィーによる精製を試みた.3種類の分離原理の異なる樹脂(陰イオン交換, アフィニティ,サイズ排除)を用いた精製の後,SDS-PAGEにより単一のバンドとして90 kDaのタンパク質 を同定した.また,そのアミノ酸配列を分析したところ,N末端20残基までの配列を明らかにした. この配列が既知のタンパク質との相同性を示さないことから,90 kDaのタンパク質は新規の中枢神経系 タンパク質である可能性が示唆された.今後,このタンパク質の構造や休眠前幼虫における機能を検討 するうえで,今回確立した精製法およびそのN末端アミノ酸配列は重要な知見となり得る. 以上のように,本研究では天蚕前幼虫の休眠打破剤であるKK-42の関連タンパク質を同定し, そのcDNAをクローニングすることができた.これらの知見は,昆虫の人工孵化の機構のみならず, 多くの昆虫において共通のシグナルである長期低温の受容・伝達機構の解明において,有力なタンパク 分子を提供している. |