氏   名
XUE, Chang Hui
薛 常 慧
本籍(国籍)
中 国
学位の種類
博士(農学)
学位記番号
連研 第210号
学位授与年月日
平成 14年 3月 23日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻
連合農学研究科 生物環境科学専攻
学位論文題目
昆虫機能のメンタルヘルスへの応用に関する神経心理学的研究
(A neuropsychological analysis of insect functions for human mental therapy)
論文の内容の要旨

 昆虫の人間の精神へ及ぼす影響を巧みに利用する新しい昆虫機能の応用が 展開される可能性がある。即ち,昆虫を用いた人類への新たな貢献が試みられはじめており,ヒトの 脳機能から見た自然との調和が考えられるべきである。そこで本研究では,これまで利用されたことが ない昆虫機能のセラピー効果と昆虫生産物のヒトの中枢神経系への作用に注目し、昆虫機能利用による ヒトの精神活動へ及ぼす影響を脳神経生理学的なレベルで明らかにすることを目的とした。

 1. PTSD(post traumatic stress disorder)(心的外傷後ストレス障害)の治療の為に開発された EMDR (Eye Movement Desensitization and Reprocessing)(眼球運動による脱感作と再処理療法)が 従来のPTSDの治療法より,高い治癒率を示している。しかし,EMDRの神経生理学のメカニズムは 不確かなままで,学問的論争が続いている。そこで,従来感に頼っていたEMDRの刺激提示方法に ついて神経生理学的に検討し最適提示法を探究した。まず、EMDRに使用される感覚刺激モダリテイ間 [視覚刺激,聴覚刺激,触覚刺激および視聴覚刺激(スズムシの音と視覚刺激)]のSUDs (subjective units of distress)降下速度の違いに関して,21名の健常被験者でのEEG(Electroencephalography; 脳波)topographical mappingと内省SD法(semantic differential method)による報告を検討した結果、 スズムシの音と視覚刺激の複合刺激同時呈示がSUDsの低下速度を最も促進することを明らかにした。 EMDRにおいては人工的刺激よりむしろ,自然界にあるスズムシの音のような複合刺激を左右大脳 半球へ両側提示することが薦められる。次に、EMDR眼球運動の方向性(垂直と水平)とSUDsの 降下効果について検討した。その結果,水平眼球運動は垂直眼球運動より効果的であることが判明 した。これらの事実はREM睡眠中に出現する水平方向の急速眼球運動(rapid eye movements)の therapeutic effectとの関連性を示唆した。

 2. プロポリスの生理活性については,抗菌作用,抗ウイルス作用,麻酔作用,免疫賦活作用, 抗腫瘍作用などが報告されており、血圧降下作用や脳保護作用も示唆されている。PPF (prepulse facilitation)とPPI (prepulse inhibition) は主にシナプスが集中する脳幹において制御される生理学的 現象であり、薬理学的環境に敏感に反応し,神経情報伝達過程の神経学的変化を反映する。そこで、 ハリナシミツバチプロポリスの中枢神経系に対する作用を調べるため、プロポリスの水蒸気蒸留物の 吸入によるPPF,PPI効果を測定・分析した。PPFとPPI効果を誘発するため プロポリス水蒸気蒸留物 の吸入群(10名)と、対照群としたエタノール吸入群(10名)、無吸入群(10名)にISI(inter stimulus interval) 60msec, 120msec, 2000msec 及びスタートル刺激のみ、合わせて20回 (4×5)聴覚刺激を提示し、瞬目反射の量を眼球運動(EOG)と大脳皮質Cz, Pzの事象関連電位 P300を測定した。瞬目反射のpeak振幅と潜時を同定・測定した結果、プロポリス吸入群において, ISI 60msecで最も顕著な潜時短縮による促進的なPPFと振幅抑制によるPPIが認められた。またISI 120msec、2000msecで、プロポリスがpositiveな刺激と認識されること、そして注意力を高める ことが確認された。一方,頭皮上Cz, PzのP300成分のpeak振幅と潜時を同定・測定した結果、ISI 2000msecに対してプロポリス吸入群においては、最も短縮された潜時が見られた。これらの結果 から,プロポリスの揮発性成分は神経中枢に作用し、脳の情報処理速度を促通する効果を示して いると考えられる。

 以上のように、本研究では,自然界の昆虫の音がEMDR療法も含めヒトのストレスを緩和 する脳の神経生理学的促進効果持つことを立証し,昆虫をヒトのこころの健康へ応用することが できることを示した。また、プロポリスがヒトの中枢神経に対して脳の情報伝達を促通する効果を 有することが明らかになり,これらの成果は昆虫機能の新たな応用的展開を期待させるものである。