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たむら たく 田村 拓 |
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岩手県 |
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博士(農学) |
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連研 第202号 |
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平成 14年 3月 23日 |
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学位規則第4条第1項該当 課程博士 |
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連合農学研究科 生物資源科学専攻 | ||
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センダイウイルスFタンパク質糖鎖変異体の小胞体分子シャペロンによる品質管理機構 (Endoplasmic reticulum quality control of N-glycosylation mutant Sendai virus fusion protein) |
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センダイウイルスの膜糖タンパク質であるF(Fusion)およびHN(Hemagglutinin-neuraminidase)は 脂質二重層からなるエンベロープの表面にスパイクを形成し、Fタンパク質はC末端を細胞質側に有するタイプⅠ型、HN タンパク質はN末端を細胞質側に有すタイプⅡ型の膜貫通タンパク質である。ウイルス粒子の細胞への侵入過程、細胞内 輸送過程さらに出芽過程におけるF、HN両タンパク質の役割を明らかにすることは、ウイルス増殖の分子基盤を解明する 上で重要な課題である。両タンパク質は小胞体およびゴルジ体により構成される分泌経路により成熟し、細胞外へと輸送 される。小胞体に存在する分子シャペロンは、翻訳直後の分泌タンパク質や膜タンパク質のジスルフィド結合を含む高次 構造形成過程を介助し、正しく折りたたまれたタンパク質のみを小胞体以降のオルガネラに輸送させる品質管理機構の 機能を担っている。両タンパク質が細胞内輸送過程において異なる品質管理を受けていることや、Fタンパク質に結合 している3ヶ所のN-結合型糖鎖が細胞内輸送及び膜融合活性の制御に関与していることを明らかにしてきた。 本研究は、小胞体分子シャペロンが基質タンパク質を認識する分子機構について、またN-結合型糖鎖付加部位変異 によるタンパク質の生物活性に及ぼす小胞体分子シャペロンの寄与について明らかにすることを目的とするものである。 レクチン型の分子シャペロンであるCalnexinやCalreticulinがFタンパク質上の特定のN-結合型糖鎖を認識するか否か、 またN-結合型糖鎖の欠失による小胞体内の分子シャペロンとの相互作用に及ぼす影響を検討するため、Fタンパク質の N-結合型糖鎖付加部位変異体をHeLa細胞内で一過的に発現させ、小胞体分子シャペロンとの相互作用を分子シャペロンの 特異抗体による連続免疫沈降法等によって解析し、以下に示す知見を得た。 (1)タイプⅠ型の膜タンパク質であるCalnexinとその可溶性ホモログであるCalreticulinは、モノグルコース型の N-結合型糖鎖を認識して基質タンパク質に会合する分子シャペロンである。N-結合型連鎖付加変異Fタンパク質と CalnexinおよびCalreticulinとの会合を解析した結果、両分子シャペロンはFタンパク質のN末端付近に位置するN-結合型 糖鎖を優先的に認識することが明らかになった。また、阻害剤Castanospermine処理によって、CalnexinおよびCalreticulinと の相互作用を阻害した結果、細胞表面におけるFタンパク質の発現量は大幅に減少したことから、これらの相互作用がFタン パク質の成熟と細胞内輸送に必須であることが示された。一方、N-結合型糖鎖が全く付加されないFタンパク質にも CalnexinとCalreticulinは会合したことから、両分子は、従来のレクチン活性を伴った相互作用だけではなく、ポリ ペプチド間相互作用によるシャペロン活性を有することが示唆された。また、CalnexinとCalreticulinの過剰発現による 解析から、これらの相互作用が実際にN-結合型糖鎖を持たないFタンパク質の品質管理に関与していることが示唆された。 (2)Protein disulfide isomeraseホモログであるERp57は、Calnexinまたはcalreticulinのサブユニットとして機能し、 基質タンパク質のジスルフィド結合の組み換えに関与すると推定されている。ERp57と野生型のFタンパク質の相互作用は 検出されなかったが、ジスルフィド結合の安定化に寄与していると考えられるN-結合型糖鎖を欠失した変異体とは相互作用が 確認された。これらの結果から、ERp57はジスルフィド結合の異常を認識して基質タンパク質に会合する可能性が示唆された。 (3)HSPファミリーに属するストレス応答タンパク質の一つであるBiPとの相互作用を解析した結果、野生型と比較して、 Fタンパク質のN-結合型糖鎖の数が減少するにつれて、BiPとFタンパク質の相互作用は増加した。N-結合型糖鎖の欠失に 伴いFタンパク質表面の疎水性が上昇し、BiPとの会合性が上昇することにより、凝集体の形成を防いでいるものと推定された。 (4)Fタンパク質に結合している3ヶ所のN-結合型糖鎖は、細胞内輸送及び膜融合活性の制御に関与している。 3ヶ所のN-結合型糖鎖付加部位にそれぞれ単独に糖鎖を付加させた3種のFタンパク質と分子シャペロンの会合を 解析した結果、CalnexinとCalreticulinはフォールディングの効率が高いF タンパク質には合成初期に会合し、 フォールディングが完了した後に速やかに解離するが、成熟構造を獲得しにくい変異体に対しては強い相互作用を 示し、小胞体からの流出を防いでいることを示唆する結果が得られた。 本研究により、Fタンパク質分子のN-結合型糖鎖の数と位置が小胞体分子シャペロンとの相互作用に重要な 要因であることが強く示唆された。Fタンパク質はセンダイウイルスの感染性を決める要因の一つであり、ウイルスの 感染性が、細胞内因子である小胞体分子シャペロンと基質である糖タンパク質の糖鎖との特異的な相互作用により 決定されることを推定させる新知見が得られた。近年、タンパク質のフォールディングの不全に伴う疾患に小胞体 分子シャペロンとの相互作用が密接に関連していることが示唆されており、本研究が小胞体分子シャペロンと フォールディングの不全な変異タンパク質と野生型のタンパク質との相互作用を分子レベルで解明する有力な 系であることが示された。 |