氏   名
はやし かなこ
林 加奈子
本籍(国籍)
大阪府
学位の種類
博士(農学)
学位記番号
連研 第190号
学位授与年月日
平成 14年3月 23日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻
連合農学研究科 生物生産科学専攻
学位論文題目
A Local Angiotensin system that Regulates Luteolysis in the Cow
(ウシ黄体退行現象のアンジオテンシンシステムによる局所調節機構)
論文の内容の要旨

 最近、レニン・アンギオテンシンシステムが、卵巣機能に関わっていることが 明らかにされている。その中でも生物活性を持つアンギオテン(Ang)IIは卵胞発育、排卵、卵成熟、卵胞 閉鎖、そしてステロイド生成に影響することがわかってきた。しかし、卵胞では明確なってきたAng IIの 作用も、黄体機能に果たす役割については今までほとんど知られていない。黄体は、プロジェステロン(P) を分泌し、発情周期を通してその機能、形態を大きく変化させる。この黄体内には約30%の黄体細胞と50 %以上の血管内皮細胞で占められており、黄体機能の制御にこの血管内皮細胞が深く関わっている。特に 黄体退行は、子宮由来の黄体退行因子であるプロスタグランジン(PG)Fや、黄体内血管内 皮細胞由来の血管収縮因子であるエンドセリン(ET)-1が、急激に起こる血流量減少とともに深く関わって いることが知られている。本研究では、生体の血管機能に大きく関わっているAng IIがウシ黄体退行現象 にどの様に関わっているかを調べることを目的とした。

 Chapter 2ではin vitro 微透析システムを用いてAng IIが局所的に直接Pの分泌にどのように関わって いるかを、PGFやET-1とともに調べた。その結果、これまで黄体細胞培養でのみしか示さ れていなかったP分泌の抑制が、in vitro組織培養下でAng II単独潅流により示され、その作用はPGFに より顕著になった。また、Ang IIのP分泌抑制作用はAng IIのレセプターアンタゴニストにより妨げられた。 さらにAng IIの分泌がPGFにより刺激されることもわかった。このことから、Ang IIは黄体 細胞のP分泌機能にPGFと協調して直接作用する事が示された。

 Chapter 3では、黄体内から単離した血管内皮細胞の細胞培養系を用いて、血管内皮細胞でAng IIが 生産されるかどうか、また、黄体においてAng II レセプター (AT1,2R)が周期中にどのように変化するかを 調べた。その結果、Ang IIは血管内皮細胞でAng Iから変換され、その変換酵素であるアンギオテンシン変換 酵素(ACE)の存在が明らかとなった。また、AT1R AT2RのmRNA 発現がウシ黄体でみられ、特にAT2Rが 黄体期後期で中期と比べて強く発現する事が明らかとなった。

 血管内皮細胞で明らかとなったAng II 産生機構は、パラクリン作用により黄体細胞のP分泌抑制に関わ っていることが考えられる。しかしながら、Ang IIが直接黄体細胞で生産され、P分泌を抑制するオートクリン 作用の存在も否定できない。そこでChapter 4では、黄体細胞でのAng II産生能と、Ang IIが直接黄体細胞に どのような影響を示すかを調べた。このとき、顆粒層細胞、内夾膜細胞を培養系で黄体化させた細胞と、直接 黄体から取り出した黄体細胞との3種類で行った。黄体化した顆粒層・内夾膜細胞、黄体細胞のどの細胞に おいてもAng IIの生産、すなわちAng IからAng IIへの変換は見られず、ACEの存在は確認できなかった。 このことから、Chapter 3の結果と考え併せて、黄体におけるAng II産生細胞は血管内皮細胞に限定されると 推測され、Ang IからACEによって変換されていると思われる。また、Ang IIは黄体化した顆粒層・内夾膜細胞、 黄体細胞の培養系においてP分泌を刺激、抑制のどちらの作用も持たなかったが、組織培養と純粋な単層の細胞 培養とでは細胞間接着に違いあると思われ、単層の培養系では実際の生理的作用は見られなかったのではないか と考える。

 Chapter 5 では、実際生体で起こる黄体退行中にAng IIがどのように変化するかを観察した。実験は 雌ウシの中期黄体に外科的にMDSを埋め込み、黄体側卵巣静脈にカテーテルを装着したうえでPGF を筋肉内投与して黄体退行を引き起こし、Ang II分泌の変化を黄体内、卵巣静脈血中、頸静脈血中の3カ所で調べた。 その結果、黄体内と、卵巣静脈血中でAng IIの上昇が見られACE mRNAの発現が増加した。このことにより、 黄体退行時には、PGFのはたらきによりAng IIがその生産量を増加させ、局所退行因子として 重要な役割を持っていることが推察される。

 このことから、Chapter 6では実際にAng IIが黄体退行を引き起こすことができるのかについて検討した。 モデルは中期黄体を持つウシの黄体に直接腰角下より長針を用いてAng IIを投与するという方法をとった。その 結果、Ang II単独では黄体は退行しなかったものの、黄体を退行させることのできない低単位(通常の1/4の 投与量)のPGF筋肉内投与とAng II黄体内投与の組み合わせにより黄体は退行し、発情が回帰した。 このことから、Ang IIがやはり黄体退行因子としてPGFとともに重要な役割を持ち、細胞レベルから 進めてきたAng IIと黄体退行に関する仮説が支持された。

 これら一連の研究により、アンギオテンシンシステムの黄体退行への関わりを考察したい。まず、投与した 外因性のPGFは卵巣動脈より黄体に運ばれ、黄体内の微小血管にまでいきわたる。そして、血管内 皮細胞上に存在するPGF レセプターを介して血管内皮細胞の細胞膜表面に存在するACEを活性化しAng IからAng IIの 変換を促す。Ang IIは黄体細胞上のAT2Rを介して、黄体細胞から分泌されるPを抑制し、黄体機能を低下させる。と 同時に、黄体からのPGFの合成をも促進する。また、この黄体からのPGFはAng IIの 合成を促し、血管内皮細胞と黄体細胞で正の局所的フィードバックをなしていると思われる。さらに、Ang IIは血管 内皮細胞のET-1の合成にも関わっていると考えられ、アンギオテンシンシステムが黄体を構成している重要な細胞 である血管内皮細胞を取り巻く環境で局所退行因子としてカスケードメカニズム上位で深く関与していると思われる。 本研究の一連の実験により、ウシ黄体退行現象におけるアンギオテンシンシステムの局所調節機構を初めて示した。