氏   名
ぬまた としみつ
沼田 俊充
本籍(国籍)
岩手県
学位の種類
博士(工学)
学位記番号
工博 第 60 号
学位授与年月日
平成 14年 3月 23日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻
工学研究科 物質工学専攻
学位論文題目
潤滑油薄膜の摩擦による分解に関する表面化学的研究
論文の内容の要旨

 現代の高度情報化社会においてコンピューターは必要不可欠のものであり、情報通信およ びマルチメディアの分野の発展を支えてきたのは、コンピューターの性能向上によるとこ ろが非常に大きいといえる。そして、現在ではコンピューター上で扱われるソフトウエア およびそれらのデータが大容量化しているため、ハードディスクをはじめとした各種記憶 装置の高速化だけでなく大容量化が必要とされている。

 ハードディスクの記録密度を向上させるために、ヘッド‐ディスク間距離の短縮化が進め られている。さらに、将来的にはヘッドとディスクを接触させた状態で記録・再生を行う コンタクトレコーディング方式が検討されている。そのため、ディスクとヘッドとの接触 が避けられず、ヘッド‐ディスク界面の耐久性がハードディスクの信頼性の鍵となる。そ こで、本研究では摩擦時における磁気ディスク表面のパーフルオロアルキルポリエーテル (PFPE)潤滑油薄膜の分解機構および、反応に影響する諸因子を明らかにすることを目的 として、高真空チャンバー内で摩擦試験を行い、摩擦によって発生する保護膜の分解ガス の分析を行った。また、飛行時間型二次イオン質量分析計(TOF-SIMS)チャンバー内で摩 擦試験を行い、摩擦直後のディスク表面の化学構造変化に関してTOF-SIMSを用いて解析し た。

 潤滑油の分解反応に対するスライダー材質の影響について明らかにすることを目的に高荷 重下(98mN)の摩擦実験において摩擦実験を行った結果、潤滑油の分解に対するスライ ダー材質の活性について以下の序列を得た。

 Carbon/ZrO2>ZrO2>Al2O3、 Al2O3-TiC>ダイヤモンド>Carbon/Al2O3-TiC

 この結果より、潤滑油の分解反応に対するスライダー材質の触媒的役割が明らかとなった。

 TOF-SIMSチャンバー内での摩擦試験においてAl2O3をスライダーに用いた場合、0.8mNとい う極低荷重でも潤滑油が分解により摩擦トラックから失われることを見出した。また、硬 質のAl2O3スライダーが化学摩耗を起こして、Al成分がスライダーからディスク上に移着 することを見出した。TiNの場合にも、Al2O3と同様に化学摩耗を起こして、Ti成分がスラ イダーから移着した事がわかった。さらに、Al、Tiのフッ化物が摩擦痕に検出された。こ れらの材質はイオン結合性であるため、活性なルイス酸点となり、潤滑油と反応して分解 を促進したと結論される。DLC、およびc‐BNのスライダーを用いることにより、スライダ ー材質の移着は確認されず潤滑油の分解も抑制できることを明らかにした。さらにBN膜の 成膜条件について検討した結果、アモルファスや六方晶のBNよりも立方晶の膜が潤滑油の 分解を抑制できた。アモルファスや六方晶の膜の場合にはBのディスクへの移着が確認さ れたことから、BNのトライボロジー特性が製膜条件により依存することを明らかにした。

 活性なスライダー材質を用いた場合、潤滑油分子の主鎖に比べ末端基(CF2CH2OH)が優先 的に消失していることを見出し、潤滑油は末端基から分解し、さらに主鎖部分にも反応が 及ぶことを明らかにした。そこで、PFPE潤滑油分子の耐久性に対する潤滑油分子の末端基 構造の影響について検討した。摩擦による分解に対する耐久性の序列は以下のようになった。

 OH, OCH2C6H3(3,4)OCH2O> CH(OH)CH2OH > (OCH2CH2)nOH, COOH

 OHおよびOCH2C6H3(3,4)OCH2Oを末端に持つ潤滑油が優れた耐久性を示した。一方、末端に 複数のOHを持つものやCOOHを末端に持つ潤滑油は末端基部分から分解し、耐久性が低かっ た。これらの結果から、潤滑油分子の末端基が潤滑油分子の化学的安定性および、耐久性 に影響を与えていることが明らかになった。

 潤滑油の分解反応に対する摩擦条件の影響について検討したところ、荷重および摩擦速度 に依存するが、荷重にはより敏感であることがわかった。特にTOF-SIMSで摩擦面の解析を 行った結果、BNスライダーを用いた場合荷重0.6mN以下で潤滑油の分解は認められなかっ た。したがって、磁気ディスク装置の高速化のためにディスクの回転速度を上げる場合に は、ヘッドの押しつけ荷重を低下させることがHDIの耐久性向上に効果的であると結論した。

 摩擦痕における潤滑油膜の修復性を明らかにする目的で潤滑油分子の拡散性を検討した。 潤滑油分子の拡散に対する雰囲気の影響について検討した結果、真空中よりも大気中で拡 散した場合の方が拡散速度が速かった。また、大気中における潤滑油分子の拡散は湿度に 影響されないことが判明した。

 これらの結果より、耐久性に優れたヘッド−ディスクインターフェイスを設計するには、 ヘッドおよびディスクへの硬質でかつ化学的に不活性なコーティング、潤滑特性に優れ化 学的に安定な潤滑油を用い、さらに、摩擦条件として可能な限りの低荷重で動作すべきと 結論づけられた。

 以上、本論文では先端分析機器のTOF-SIMSなどを用いることで、これまで未解明であった 摩擦面における潤滑油の分解反応を明らかにするとともに、その抑制策を提案している。 この成果は磁気記録分野の技術発展に対して界面化学的に寄与するものである。