氏   名
いがり たかし
猪狩 隆
本籍(国籍)
福島県
学位の種類
博士(工学)
学位記番号
工博 第 53 号
学位授与年月日
平成 14年 3月 23日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻
工学研究科 物質工学専攻
学位論文題目
分子状薄膜の物理化学的特性と境界潤滑性に関する研究
(Study of physicochemical properties of thin molecular films and their boundary lubrication)
論文の内容の要旨

 固体同士の接触を伴う境界潤滑特性を改良することにより摩擦・摩耗を抑制し省エネルギ ーを実現することができる。本論文は、分子状薄膜の境界潤滑特性に影響を及ぼす物理化 学的因子について明らかにすることを目的とした。分子状薄膜としてLB(Langmuir-Blodg ett)膜を作成しモデル境界膜として用いた。この境界膜のトライボロジー特性を摩擦係 数と摩擦耐久性から評価し、摩擦係数に対し支配的に影響を及ぼす因子及び分子構造との 関連を解明した。

 摩擦による膜構造変化の過程をダイナミックに明らかにする目的で高感度可視−紫外分光 法により観察した。膜分子として紫外光領域に吸収を持つC18-TCNQをモデル境界膜として 用いた。水面上に展開したC18-TCNQ分子のUVスペクトルが分子密度及び分子配向によって 変化することがわかった。C18-TCNQのLB膜を繰り返し摩擦すると分子の垂直配向性が失わ れることがUVスペクトルの変化からわかり、配向性の低下に伴い摩擦係数が上昇した。摩 擦により配向構造が失われることはFTIR/RAS、TOF-SIMS及び接触角測定など他の分析でも 確認できた。このことから境界潤滑膜の分子配向がトライボロジー特性に強く影響するこ とを初めて実験的に証明した。さらにC18-TCNQに直鎖両親媒性化合物を混合することによ り分子の垂直配向性を高め、低摩擦係数及び高耐久性を有する分子状薄膜の作成に成功した。

 境界潤滑性と分子構造との関係を明らかにするために、カルボン酸及びフッ化カルボン酸 のLB膜を用いそのトライボロジー特性について検討した。カルボン酸LB膜は表面自由エネ ルギーがフッ化カルボン酸に比べ高いにも関わらず、低い摩擦係数を示した。そこでπ− A曲線から新たに膜の二次元弾性率を定義し、トライボロジー特性に影響するパラメータ ーとし解析を試みた。二次元弾性率は膜分子の主鎖構造の影響を受け、境界膜の二次元弾 性率が高いほど低い摩擦係数を示すことがわかった。すなわち、分子状境界膜のトライボ ロジー特性は膜の表面のエネルギーだけではなく膜の機械的強度にも依存し、これは膜の 表面原子種や分子の主鎖構造が関与していることを明らかにした。二次元弾性率は耐荷重 能のパラメーターである。

 境界膜が塑性変形する荷重(165mN)におけるトライボロジー特性を検討した。高荷重領域 で摩擦開始直後にstick-slip現象が観測され、このstick-slip現象は膜の分子構造に依存 した。摩擦を継続するとstick-slip現象が消失し、これは摩擦に伴う膜分子のスライダー への移着現象に伴うことを見出した。この移着現象を分子状薄膜の表面自由エネルギー、 耐荷重能、相転移温度及び基板−膜分子間の結合力の観点から解析した。移着現象が分子 状薄膜の相転移温度に依存すること、さらに相転移温度は膜の分子構造依存することを明 らかにした。高荷重下では二次元弾性率の高い分子状薄膜は耐荷重能が高いために構造変 化し難い反面、相転移温度も高いために移着しにくく、結果としてstick-slip現象が起こ ると説明した。一方、耐荷重能及び相転移温度が低い膜は摩擦によって容易にスライダー 側に膜分子が移着するためstick-slip現象がおこりにくいと説明した。すなわち、分子状 薄膜を高荷重領域で摩擦したときに生じるstick-slip現象とその消失は膜の耐荷重能及び 相転移温度の影響を受けることを明らかにした。

 本研究は分子状薄膜のトライボロジー特性に関する研究であり、摩擦により分子状薄膜の 構造が変化し、それに伴い摩擦係数も変化することを実験的に示した。分子状薄膜の摩擦 係数を下げるには膜の表面自由エネルギーを下げるだけでなく、摩擦に伴う膜の構造変化 を抑制することが重要であることを示した。そのためには境界膜の耐荷重能を上げる必要 があり、膜の分子構造と耐荷重能には密接な関係があることを明らかにした。さらに分子 状薄膜のトライボロジー特性に影響を与える種々の機械的・化学的性質と膜構造及び膜分 子の構造の関係を明らかにし、分子状薄膜のトライボロジー制御に重要な知見を得た。