氏   名
Arase,Teruo
荒 瀬 輝 夫
本籍(国籍)
栃木県
学位の種類
博士(農学)
学位記番号
連論 第59号
学位授与年月日
平成13年3月23日
学位授与の要件
学位規則第4条第2項該当
学位論文題目
作物・緑化資源としてみたヤブマメ(Amphicarpaea edgeworthii Benth.) の生態学的研究
(Ecolgical studies on Amphicarpaea edgeworthii Benth. as a crop and revegetation resource)
論文の内容の要旨

 本論文では,地下結実性マメ科植物であるヤブマメの作物・緑化資源としての評価を行うため,全国的な系統収集をもとに種内変異を調査し,子実生産ならびにつるの栄養生長について解析を行った.

 第2章ではマクロな地理的要因の緯度を取り上げて分析を行った.高緯度系統ほど開花まで日数は短かく,開花期間が長かった.地上閉鎖花種子は千粒重22gで硬実,地下閉鎖花種子は千粒重143gで休眠性がなく,千粒重が増大すると地下閉鎖果に双子マメ (1莢あたり2粒) が見られた.地下種子の占める割合は,生育地の緯度との相関が低く,その系統間のばらつきは高緯度系統ほど小さくなって一定の値に収歛しているようであった.

 第3章では植物分類学的分類群と種子生産との関連を検討するため,変種分類の基準とされる葉の形質の系統間変異と地理的偏在性,種子生産との関係を調べた.特定の形質をもつ系統がおおまかに関東~中部地方以北と中国・四国地方の一部と九州の一部に地理的に偏在しており,これはウスバヤブマメの分布域と類似していた.しかし,これらの形質は種子生産との関連がほとんどなく,地下結実性の差異は,変種を分類した場合のそれぞれの分類群の特性である可能性は低いと考えられた.

 第4章では変異を生み出した背景にある生育地を要因として取り上げた.まず,生育地の環境を,植生解析から,遷移度とロゼット率という2つの座標軸を設定して数量化した.これらの軸からみると,ヤブマメ生育地は,遷移度5~10,ロゼット率0.15~0.30をピークとした多年生草本主体の群落であった.植物分類学的分類群 (葉の形質) とこれらの指標との関連は見いだせなかったが,ロゼット率と千粒重との間には有意な負の相関が認められた.

 第5章では,個体以下レベルの要因と考えられるヤブマメのつるの栄養生長と生殖生長との関係について解析するため,ファイトマー概念に基づいて生育量,つるの分枝および伸長を分析した.種子生産特性の異なる4つの系統を選んで供試したところ,主茎のファイトマー数および1次分枝数に系統間差が見られた.分枝の複雑さを記述するため,分枝発生位置選択の可塑性 (H) と草型指数 (H') を算出した.1次分枝のHおよびH'には系統間差が存在し,両者の間に有意な正の相関が認められた.また,分枝を地上と地際とに分け,伸長可塑性指数 (PE) を算出した.地際1次分枝のPEには系統間差が見られ,地上分枝と地際分枝のPEの大小関係は系統によって異なっていた.HおよびH'とPEとの間の相関は弱く,それぞれ別の生態生理的背景をもつと考えられた.

 第6章では,ヤブマメのつるの生長と種子生産との関係を分析した.地下部ではファイトマー数と花莢数とに強い正の相関があった.Hはファイトマー数に強い影響を受けたが,H'とPEは影響されなかった.2次分枝のH'は地上花莢数と有意な正の相関があり,地際1次分枝のPEはファイトマー当り花莢数と有意な負の相関があった.地上部と地下部のファイトマー数の間には相対生長関係があり,地上部ファイトマー数と,地上から地下に貫入したファイトマー (PS) 数との相関が高く,子葉節から発生した地下ファイトマー (CS) 数との相関は低く,PSとCSを合計すると地上部との相関が最大となった.したがって,CSは地下部での補償生長機能をもつと推察された.地際1次分枝のPEと,地上から地下へのファイトマー貫入率とに負の相関が認められたことから,つるの平面的拡大と地下貫入による定着との間の拮抗関係が明らかとなった.

 第7章では,実際の圃場において栽培を試み,収量や栄養生長の解析を行った.ヤブマメの現時点での地下子実収量は畝立て栽培で20gm-2以下であるので,改善が必要であった.葉数と総子実収量との間には高い正の相関があったが,葉数が多くなると地下部よりも地上部の子実の生産が増大した.また,分枝が長さ20㎝を越えると地表面をランダム・ウォーク的にさまよう傾向が強かった.地上種子由来個体 (A区) と地下種子由来個体 (S区) の生育を比較すると,葉齢すなわち主茎の生長について増加率がA区 > S区,全体の葉数の増加率がS区 > A区であった.畝立て栽培より千粒重が小さく,葉数との相関が低くなるものの,均平な裸地での栽培でも地下子実が生産された.ヤブマメを緑化に用いる場合,1年目に地上種子を播種すれば2年目以降は地下種子による自然更新を期待でき,播種を早期に行って葉数を増大させることが望ましく,播種密度は株間20㎝が目安になると考えられた.

 以上のように,ヤブマメ栽培化にあたっての基本的な諸問題に対して,変異を収集すべき地域や生育地,注目すべき形質や可塑性などを提示し,栽培法の改善策や育種目標を提示できた.ヤブマメは異なる2つの利用開発の方向性をもった資源植物であり,現時点では緑化資源植物に利用できる資質を備えており,栽培方法の改善や育種技術によって新しい食用作物になる充分な資質をも備えていると結論された.