氏   名
Song,Hongsheng
宋  紅 生
本籍(国籍)
中 国
学位の種類
博士(農学)
学位記番号
連論 第57号
学位授与年月日
平成13年3月23日
学位授与の要件
学位規則第4条第2項該当
学位論文題目
Function and localization of diapause-associated peptides and proteins in the central nervous system of the Bombyx silkworm
(カイコ中枢神経系における休眠関連ペプチド・タンパク質の機能と局在性に関する研究)
論文の内容の要旨

 二化性カイコの休眠性は,親世代の胚発生時の環境情報(温度と日長)によって決定される。この環境情報が胚発生後期と幼虫期に記憶伝達され,蛹期には,脳による制御で食道下神経節(SG)から休眠ホルモン(DH)が分泌促進され,標的器官である卵巣に作用し産下卵の胚子休眠が成立する。近年,カイコのDHは卵巣のtrehalaseを活性化することによって,glycogenの蓄積を増大することが明らかになった。しかし,中枢神経系で行われている環境要因の受容とDHの分泌,および胚子休眠の誘導までの一連の過程における分子レベルの機構については依然として解明されていない。そこで本研究は,DHの生理活性と類似する麻痺性ペプチドおよびカイコ中枢神経系に分布する二種類のタンパク質(Bombyrin と P2X1レセプタ-)抗体を用いて,休眠卵形成過程における分子レベルの解析を目的とした。

 1. 天蚕麻痺性ペプチド(AnyParP)がカイコの休眠卵誘導活性を有することが確認されている。そこで昆虫のENFペプチドファミリーに属するAnyParPを含め6種類のペプチド,およびAnyParPの断片をそれぞれ合成し,これらの合成ペプチドをカイコの非休眠産生蛹(N4と大造)と5齢幼虫に注射し,休眠卵誘導および幼虫麻痺性に対する影響を検討した。その結果,6種類のペプチドはすべて休眠卵を誘導したが,その中でも天蚕のAnyParPが最も強い活性を示した。AnyParPのアミノ酸配列中の数個のアミノ酸を置換すると,その休眠卵の誘導活性は顕著に減少した。また,これらのペプチドの休眠卵の誘導活性は幼虫期における麻痺活性と一致しなかったことから,このペプチドファミリーはカイコの発育のステージにおいて異なる受容体に作用し,麻痺または胚子休眠を誘導すると考えられる。さらに,AnyParPおよびそのファミリーの全一次構造と休眠ホルモンとでは相同性がまったく認められないことから,AnyParPによる胚子休眠誘導のための新しい機構の存在が提案された。

 2. Bombyrinはカイコ脳から単離した新規タンパク質であり,Lipocalinファミリーに属する。本研究では、免疫組織化学とWestern blot手法を用いて,Bombyrinの局在性とその発現時期を検討した。さらに,カイコおよび数種昆虫種の中枢神経系におけるBombyrinの存在を免疫組織化学的に比較検討した。その結果,Bombyrinはカイコとクワコの中枢神経系のみに存在し,他の昆虫種(天蚕,コガタルリハムシ,ニホンミツバチ)の中枢神経系での分布は免疫組織化学的に確認されなかった。またBombyrinはカイコ胚子の剛毛発生期(胚発生の約70%)から発現し始め,幼虫,蛹,そして成虫期に存在し,主に神経細胞の周核体外層からニュ-ロパイルに分布していた。この結果から,カイコの中枢神経系の発生分化にはBombyrin が不可欠であり、神経組織の機能維持に関与していると考えられる。また免疫組織化学的なレベルでは,休眠卵産生型と非休眠卵産生型との中枢神経系におけるBombyrinの差は認められなかったが,Bombyrinは脳における環境情報の受容からその機能発現に関与する可能性も考察された。

 3. P2X1(哺乳類ATPレセプターの一種)抗体を用いて,カイコの休眠卵産生型と非休眠卵産生型の中枢神経系におけるP2X1様タンパク質の分布を免疫組織化学的に検討した。その結果,P2X1様陽性ニュ-ロンは,蛹脳に6対,5齢幼虫の脳に4対確認された。また,休眠ホルモンの分泌センタ-である蛹の食道下神経節には,休眠卵産生型で2対,非休眠卵産生型で3対の陽性ニュ-ロンが確認され,特に非休眠卵産生型のみに1対の特異的な陽性ニュ-ロンが存在することを明らかにした。一方,胸部神経節(第2胸部神経節まで)と側心体やアラタ体では,陽性ニュ-ロンの存在は確認されなかったが,脳から第2胸部神経節にかけて,陽性の縦走神経が存在した。カイコの中枢神経系におけるP2X1 様タンパク質は,カイコの発育成長と胚子休眠誘導に密接に関与すると考えられる。

 以上のように本研究は,カイコ休眠卵誘導活性を有する一連のENFペプチドファミリ-による生物検定の確立と特異的に中枢神経系に分布するタンパク質の局在性,特に休眠卵産生型と非休眠卵産生型におけるP2X1 様陽性ニューロンの存在は,中枢神経系で制御されている環境情報の受容と休眠ホルモンの分泌機構の解明のために有力な分子候補を提案した。