氏   名
Murakami,Atsushi
村 上  敦 司
本籍(国籍)
岩手県
学位の種類
博士(農学)
学位記番号
連論 第49号
学位授与年月日
平成12年9月14日
学位授与の要件
学位規則第4条第2項該当
学位論文題目
ホップの品質改良と品種分化に関する育種学的基礎研究
   (Basal studies on the quality improvement and the varietal differentiation on hop breeding )
論文の内容の要旨

 ホップ(Humulus lupulus)はアサ科に属す多年生、雌雄異株の植物である。その雌花(毬花)はビール醸造に欠くことのできない原料であり、ビールの爽快な苦味、繊細な香気はホップに由来するものである。ホップの品質に関わる育種では、一般的にα酸、β酸、Cohumulone等のα酸同族体、Humulene等の精油組成を指標として選抜を行っている。

 本研究では、先ず化学成分が選抜指標として本当に妥当なものなのかを確認するため化学成分値を解析し、化学成分による品種分類とビール香味による品種分類との比較を行なった。その結果、例外品種があるものの両分類で一致する結果が得られ、化学成分を香味の選抜指標とすることは妥当なことと考えられた。

 次いで、育種で直面する問題の解決を試みた。問題の第1は、選抜指標となる化学成分の遺伝について殆ど分かっていないことである。そこで交配実験を行い、遺伝様式の解明、量的形質の遺伝率の推定を行った。その結果、ほとんどの化学成分は量的遺伝を示したが、Cohumuloneは量的形質としてばかりでなく質的形質として遺伝することが示唆され、完全優性の一遺伝子の関与が推定された。また、精油組成のFarneseneについては非相加的な効果があり、対数に変数変換後、相加的に扱えること等が明らかとなった。

 問題の第2は、ホップは栄養繁殖の多年生であり安定した成分値を得るためには繁殖単位である株の2~3年の肥大、成長が必要となることである。すなわち、それ以前の成長の乏しい株では化学成分が環境の影響を大きく受けるとともに成分の発現が不十分であり遺伝子型を十分に反映することができない。選抜はこの期間待たなければならず、効率化の制約となっている。さらに、問題の第3は父本の評価である。すなわち、雄性ホップは花を持たないため、育種の評価に必要な表現型値を得ることができない。

 第2、第3の問題を解決するため、DNAマーカーの利用を試みた。まず品種間のDNA多型を見出すためランダムプライマーを利用したPCR(RAPD法)により国内外の主要ホップ栽培51品種の多型を調査した。次に多型から計算した遺伝距離を用いて、クラスター分析を行い品種を分類した。この遺伝距離に基づいて化学成分値が予想できれば、毬花を分析に供することなく成分値を推定し選抜が可能となる。そのため遺伝距離データを従属変数、化学成分値を目的変数として重回帰分析し、予測関数の作成を試みた。その結果、多くの成分で予測関数の重相関係数は0.6~0.7と比較的高い値を示した。但しFarneseneについては有意な回帰式が得られなかった。次に予測式の精度を確認するため外部標本11品種に当てはめたところ、予測誤差は一般的なアロマ品種Hersbruckerの環境による変動の範囲内にあり、実用的な予測値を得ることができた。

 遺伝距離から父本の毬花成分値に対する寄与を直接評価できる可能性を検討した。育種系統3父本を用い、その遺伝距離から表現型予測値を得、その値と交配集団から得た育種価との整合性を順位法で調べた。その結果、実験規模から生じる誤差を含んでいるもののCohumulone以外の成分では、ほぼ一致した順位が得られた。

 次にホップの遺伝的多様性、進化に関する研究を行った。野生ホップは北半球に広く分布しており、ホップにはヨーロッパ在来品種・野生ホップ、北アメリカ野生ホップおよび日本野生ホップ(カラハナソウ)の3集団(変種)が知られている。北アメリカ野生ホップの一部が病害抵抗性等、育種上有用な遺伝資源であることが認識されているものの、ホップ集団間の類縁性、野生ホップが持つ遺伝的多様性の程度は全く分っていない。そこでホップ内および近縁種カナムグラ(H.japonicus)との間の類縁関係を把握するため、葉緑体DNAのrbcLtrnLイントロンとtrnL-trnFスペーサー非転写領域、核rDNAのInter Transcribed Spacer Region 2の塩基配列を調べた。その結果、ホップの近縁種であるカナムグラと栽培品種、野生ホップとの違いはrbcLで13塩基認められ、その同義置換率からホップとカナムグラの分岐年代は374万年前と推定された。一方、上述のDNA領域ではホップ内に有意な差異は認められず、これらの3集団は最近、分化したものと考えられた。系譜の上で多くのビター品種は北アメリカ野生種由来の細胞質を持つが、このことはcpDNAのrbcLの塩基配列から確認できた。さらにRAPD法による品種の分類を踏まえた結果、今日の栽培品種はヨーロッパ在来の古典品種とその交雑品種群、北アメリカ野生種由来の遺伝子を持つビター品種群に分れることが分子レベルで明らかとなった。