氏   名
Hagiya,Koichi
萩 谷 功 一
本籍(国籍)
北海道
学位の種類
博士(農学)
学位記番号
連研 第166号
学位授与年月日
平成13年3月23日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
専  攻
生物生産科学専攻
学位論文題目
乳用牛における生涯生産性の遺伝的改良に関する研究
(Genetic improvement of lifetime production of dairy cattle)
論文の内容の要旨

 酪農家が収益を増加させるためには,飼養する乳用牛が高い乳生産を長期にわたって維持することでその生涯にわたる総生産量を増加させることが重要である.そのためには,産次当たりの生産量を増加させるとともに,生産する期間を増加させることが望ましい.長命性と呼ばれる形質には,低い遺伝率が推定されている.また,初産以降の泌乳を表わす生産期間と生涯生産量の間には,高い遺伝相関が存在することが知られている.さらに,生涯生産量の遺伝率が生産期間のそれをわずかに上回ることが指摘されている.これらのことより,生涯生産量は,長命性と比較して効果的な遺伝的改良が期待できる.本研究は,乳検定記録と体型審査記録およびそれらの血統記録を用い,酪農家における収益の増加に強く関連する形質である生涯生産量の改良を目的とした分析を取りまとめた.

 生涯生産量に対する遺伝的パラメータの推定および他の初産形質間との遺伝的関連性を検討した.分析には,初産次における泌乳記録4形質,体型に関する17形質,長命性4形質および生涯生産8形質を用いた.それらの合計33形質を同時に考慮し,EM-REML法を用いた多形質モデルによって遺伝的パラメータを推定した.生涯生産量に関する遺伝率は,初産分娩後48ヶ月および84ヶ月のいずれの形質においても0.15から0.16の範囲で推定された.初産および初産分娩後84ヶ月における生産量間の遺伝相関は, 0.53から0.61であった.乳用牛のサイズに関連する形質である体積,高さ,強さ,体の深さおよび尻の幅は,初産乳量との間の遺伝相関係数が小さく推定されたが,初産分娩後48ヶ月および84ヶ月の総乳量との間には小さい負の遺伝相関係数が推定された.前乳房の付着および乳房の深さは,初産乳量との間に負の遺伝相関係数が推定されたにもかかわらず,初産分娩後84ヶ月の総乳量との間に低いが正の遺伝相関係数が推定され,さらに,初産分娩後84ヶ月の総乳量との間には比較的高い遺伝相関係数が推定された.これらのことより,生涯生産量を増加させる目的で選抜を行う場合,産乳能力のみでなく,前乳房の付着および乳房の深さを考慮する必要があろう.

 近親交配が各産次,長命性および生涯生産に対して与える影響について検討した.生産性に対する近親交配の影響は,血縁行列において両親の近交係数を考慮し,さらに個体の近交係数を回帰で含めたモデルにより推定した.近交係数をもつ個体は,1970年から1985年にかけて急激に増加し,1995年に誕生した雌個体おける近交個体の割合は,全体の98%であった.集団の平均近交係数も同様に増加し,1995年に誕生した雌個体おける平均近交係数は,2.4%に達した.近交退化を推定するモデルについて,遺伝的トレンドの上昇と近交係数の増加が同時に起こり,それらの間に相関が生じた場合,母数モデルでは,遺伝的トレンドの影響を完全に分離することができなかった.それ故に近交退化の効果を正確に推定するためには,個体の効果を考慮することが望ましいと判断された.近交退化は,生涯生産について累積されることが明らかであり,より大きな影響をもたらすことが示唆された.初産分娩後84ヶ月の期間における近交退化量は,初産乳量に対するそれのおよそ2倍以上に相当した.

 近親交配による遺伝分散の偏りおよび近交退化を考慮して,ホルスタイン種における初産乳量,初産分娩後48ヶ月および84ヶ月までの生涯乳量に関する遺伝および環境的トレンドを推定した.遺伝および環境的トレンドは,血縁行列において両親の近親交配による遺伝分散の偏りを補正し,さらに個体の近交係数を回帰で含めたアニマルモデルを用いて推定した.近親交配を考慮しない場合と比較して,モデルに近親交配を考慮した場合には,初産乳量および生涯乳量ともに環境的トレンドに対して影響を与えなかった.しかし,近親交配を考慮した場合,初産乳量において1970年以降では,考慮しない場合と同程度の平均育種価が推定されたのに対して,それ以前ではより低い平均育種価が推定された.すなわち,近親交配を考慮しない場合と比較して,近交係数の増加に伴って遺伝的トレンドの推定値を過小評価する可能性が示唆された.また,初産分娩後84ヶ月までの生涯乳量に関する環境的トレンドは,減少する傾向が認められたが,いっぽうで,遺伝的トレンドが増加した.これらのことより,生涯乳量における年度の進行に伴う実測値の減少は,環境的トレンドの減少に起因した現象であると推察された.

 初産における遺伝形質は,泌乳形質の他に体の大きさ,乳房の大きさ,乳房の形状および腰骨から後肢の形状に大きく分けられ,それらがすべての遺伝形質がもつ情報量の87%を説明すると解釈された.これらの各主成分と生涯生産形質とに推定された遺伝相関は,初産次に収集される各形質から生涯生産形質の育種価を予測する場合の相対的な重み付けに相当するものであろう.これらの重み付けを利用して算出した指標は,初産次の形質を用いて生涯生産形質を近似的に表わす.生涯生産形質の育種価の近似値を交配に利用する場合,一般に,両親の育種価の平均値を算出して後代の遺伝的能力を予測する.その予測値が最大になる組み合わせを選定することで,最も大きな改良量が期待できる.しかしながら,生涯生産形質に対する近交の影響が産次ごとの近交退化量と比較して大きいことが明らかにされ,その近交退化量が推定されたことから,生涯生産量の遺伝的能力の予測において近交を考慮することが望ましい.酪農家において雌牛に交配させる種雄牛を選定する場合,それらの個体の血統情報を用いて近交係数を算出し,後代の遺伝的能力の予測値から近交退化量を減じることによって,後代の能力をより正確に把握し,適切な選択が可能となる.