氏   名
WEI,Hong
韋   宏
本籍(国籍)
中 国
学位の種類
博士(農学)
学位記番号
連研 第165号
学位授与年月日
平成13年3月23日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
専  攻
生物生産科学専攻
学位論文題目
Studies on Intracytoplasmic Sperm Injection (ICSI) Using Bovine Oocytes
(ウシ卵子を用いた細胞質内精子注入(ICSI)に関する研究)
論文の内容の要旨

 本論文は5つの章から成る。まず、マイクロマニピュレーションを用いた顕微受精の歴史を第1章に記述した。実験は第2、3、4章に分けた。全体の考察は第5章に示した。以下に、実験の各章の要旨を示す。

 第2章では、卵細胞質内精子注入 ( Intracytoplasmic Sperm Injection: ICSI ) に用いる種雄牛の個体差および精子の運動性(死滅、運動性無し、運動性あり)、物理的処理(尾部切断、尾に傷をつける)また化学的処理(heparin, heparin + caffeine, calcium ionophore A23187 or dithiothreitol)したウシ精子をウシ卵子にICSI後、雄性前核形成への影響を検討した。実験1では3頭の雄牛(A, B, C)の精子で、ICSI とIVF(通常の体外受精)を比較した。ウシBの精子を用いたIVFでは、ウシCに比べ、精子侵入/雄性前核形成率が高かった(89.6% vs 25.6%;p<0.01)が、ICSIでは、ウシCの方がウシBよりも雄性前核形成率が高かった(34.6% vs 16.1%; p<0.05)。実験2で精子の運動性と物理的処理の影響を検討した。3 種類(死滅、運動性無し、運動性あり)の精子を卵子に注入した場合、雄性前核形成率に有意差はなかった。物理的処理により尾部に傷をつけた精子は、無処理区の精子に比べ、高い雄性前核形成率を示した(38.2% vs 13.2%;p<0.005)。実験3で精子の化学的処理(heparin + caffeine, calcium ionophore A23187 or dithiothreitol)は、無処理区と比較して、高い雄性前核形成率を示した(25.0% vs 48.2%、62.5%、64.5%;p<0.05-0.005)。以上の結果から、次の結論が得られた。

 1) ICSIにおける雄前核形成率には種雄牛の個体差が見られた。また、同じウシの精子を用いてもIVFとICSIにおいて雄性前核形成率は同じではない可能性あり。

 2) ICSI前に精子尾部に傷をつけて不動化させることより雄性前核形成を改善された。

 3) 高い雄性前核形成率を得るために、精子の適切な化学的処理は必要である。

 第3章では、ウシ卵子を用いてICSIによる異種間受精のテストを行い、ウシ卵子細胞質内のウシ、ヒツジ、ミンククジラ精子の雄性前核形成率を比較した。ウシ卵子を24時間体外成熟培養後、第一極体が放出されているものを選抜し、 ICSIを行った。3動物種の凍結精液を融解し、5 mM dithiothreitolで1時間処理後、-20℃で凍結することにより精子を死滅させた。 ICSIにはPiezo systemを用い、3つの実験を行った。実験1でウシ精子(53.4%)またはヒツジ精子(52.6%)は、ミンククジラ精子(39.1%)と比較して、雄性前核形成率が高いことがわかった(p<0.05)。実験2では、どの動物種においてもウシ卵子に注入された精子はICSI後2時間目に頭部の膨化を起こした。雄性前核の形成は、ウシ、ヒツジ精子の場合、ICSI後4時間目、ミンククジラ精子はICSI 後6時間目からであった。雄性前核の直径はミンククジラ精子(30.4μm)、ウシ精子(28.3μm)に由来するものが、ヒツジ精子のもの( 22.4μm)よりも大きく(p<0.005)、ミンククジラ精子を注入したウシ卵子の雌性前核の直径はヒツジのものよりも大きかった(29.3μm vs 24.7μm;p<0.05)。実験3で、エタノールで活性化した場合、どの種の精子を注入した卵子も、無処理区の卵子より、分割率は有意に高かった(p<0.05-0.001)。また、ウシ精子を用いた区のみ胚盤胞まで発生した。これらの結果から、死滅した異種精子によても、ICSI後にウシ卵子細胞質内で一連の受精現象を引き起こすことができることが示された。

 第4章では、卵細胞質の透明化、精子尾部切断、精子操作液中のPVP濃度の減少がICSIに及ぼす影響を検討した。体外成熟卵子、運動精子、Piezo systemを用いて ICSI を行った。実験1では、ICSI前に卵子は6000×gで7分間、遠心分離を行い、卵細胞質内の脂質を偏在させた。実験2では、精子尾部の切断が ICSIへおよぼす影響を調べた。実験3で精子操作液中のPVP濃度の影響を調べた。実験4と5では、尾部切断精子、透明化させた卵子、4% PVPを用いたICSIで、それぞれの卵子の活性化率、胚発生能力を調べた。実験5で得られた胚盤胞は、組織学的に検査し(実験6)、レシピエント牛(7頭)に胚移植した(実験7)。ICSI前の卵細胞質の透明化、精子尾部切断を行った場合の卵子の生存率(92.0% vs 67.7%、94.8% vs 77.3%;p<0.001)は有意に高かった。PVP濃度の減少(10%、4%、0%)は、卵子の生存率を低下させた(95.0% vs 89.3% vs 74.6%;p<0.05-0.001)が、前核形成率は増加した(74.5% vs 84.9% vs 88.6%;p<0.05-0.001)。尾部切断精子、透明化卵子、4%PVPを用いたICSIでは、精子注入した卵子の86.3%が活性化し、71.8%が分割、22.7%が胚盤胞まで発生した。胚盤胞の細胞数の平均は122.5で、胚盤胞の大部分(81.8%)は組織学的に正常(2倍体)であった。移植した胚盤胞の62.5%(5/8)が、胎仔まで発生し、レシピエント牛の57.1%(4/7)が妊娠した。この研究で、卵細胞質の透明化、精子尾部切断、PVP濃度の減少の技術改善はウシのICSIにおいて非常に有効であると共に、ICSI前後の卵子活性化処理は必ずしも必要ではないことが示された。