氏   名
Nara,Kazuhiro
奈 良 一 寛
本籍(国籍)
青森県
学位の種類
博士(農学)
学位記番号
連研 第164号
学位授与年月日
平成13年3月23日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
専  攻
生物生産科学専攻
学位論文題目
リンゴ果肉の粉質化と細胞壁多糖類に関する研究
(Physicochemical studies on mealiness and cell wall polysaccharide in apple fruit.)
論文の内容の要旨

リンゴ果肉の硬度および肉質は、酸度や糖度、果皮色とともに品質評価の重要な指標の一つとなっている。しかし、貯蔵中の肉質の変化、特に軟質化と粉質化は品質劣化の主要因として生産・流通・消費のすべての段階で問題とされているにもかかわらず、果肉の軟化のメカニズムについては必ずしも明らかではない。本研究ではリンゴ果実の軟化形態の一つである粉質化をとりあげ、粉質化の程度の測定方法を確立し、粉質化に伴う細胞壁多糖の変化およびそれに関与する酵素の両面から検索することによって粉質化のメカニズムを明らかにすることを目的とした。

1、貯蔵中の肉質の変化
 8品種の果実を0℃または20℃で貯蔵し、2週間ごとに果肉硬度を測定した。また、粉質化は果肉細胞の解離が原因と考えられることから、果肉デイスクをしょ糖溶液中で振とうする方法で、果肉崩壊度を測定し、粉質化の程度を数量的に表わす方法を提案した。その結果'スターキング・デリシャス(SD)'や'祝'などの20℃貯蔵果では果肉硬度の低下とともに、果肉崩壊度が顕著に上昇した。一方'ゴールデン・デリシャス(GD)'や'つがる'では果肉硬度は低下するものの、果肉崩壊はほとんど起こらなかった。この結果から、貯蔵中に肉質が粉質化するものと軟質化するものがあり、品種間でその程度に差があることを明らかにした。

2、貯蔵中の細胞壁ペクチンの変化
 細胞壁ペクチンの主鎖を構成するウロン酸と、側鎖を構成する中性糖の中で特にペントースの変化を調査した。ペクチン画分ではウロン酸含量に比べてペントース含量の品種間差が大きかった。20℃貯蔵果では0℃貯蔵果より水溶性ペクチン含量(WSP)が多く、貯蔵に伴って増加した。増加の程度は粉質化しやすい品種で顕著であった。また、ペントース含量の減少はヘキサメタリン酸ナトリウム可溶性ペクチン(HMP)で最も顕著であった。これらの結果から、ペクチン画分中のペントースの減少と水溶性ペクチンの増加が粉質化に関与していると考えられた。

3、貯蔵中における細胞壁ペクチンの糖結合様式の変化
 メチル化分析によりペクチン画分の糖組成と糖結合様式を解析し、貯蔵中の細胞壁多糖の化学構造の変化を検討した。細胞壁ペクチンの基本的な化学構造は、アラビノース(Ara)およびガラクトース(Gal)残基を側鎖に持つラムノガラクツロナンであると推定された。粉質化した'SD'では'GD'よりもHMPのT(末端)-Ara残基の減少と、T-Gal残基の増加が著しかった。これらのことから、HMPの中性糖側鎖はT-AraがGalに結合しており、T-Araの離脱によるT-Galの増加が粉質化の要因の一つであり、粉質化しやすい果実ではエキソ型のアラビノフラノシダーゼ活性が高いと推定された。

4、微生物由来の酵素による肉質および細胞壁ペクチンの変化
(1)細胞解離へのカルシウムの影響
 Aspergillus niger由来のペクチナーゼによって果肉崩壊が誘導されたので、細胞解離に伴なう細胞壁多糖の変化を検討した。この酵素では'SD'よりも'GD'の果肉で顕著に細胞解離が誘導された。一方、カルシウム処理した果肉では無処理の果肉に比べて果肉崩壊度が顕著に低かった。また、カルシウム処理区ではEDTA可溶性ペクチン(ESP)中のウロン酸およびペントース含量が顕著に高いことが認められた。これはカルシウムによって側鎖の少ないペクチンの分子間結合が強まり、細胞解離が抑制されたためと考えられた。この結果からも、細胞解離にはミドルラメラのペクチンの細胞間の接着力の低下が重要な因子であることが示唆された。
(2)細胞解離に伴う細胞壁ペクチンの変化
 Asp.niger由来のペクチナーゼを用いて、細胞解離に関与する酵素を検索し、さらにその酵素による細胞壁ペクチンの変化を解析した。このペクチナーゼはDEAE-ToyapealによってFr.Ⅰ~Ⅳに分別され、その中でα-L-arabinofuranosidase(α-L-ARAase)を含むFr.Ⅳで細胞解離が顕著に誘導された。その分解特性を調査したところ、ESPのペントース含量を低下させた。さらに糖結合様式の変化を見ると、T-Ara残基の減少とT-Galの増加が認められた。この結果から、果実由来の酵素でも微生物由来の酵素でも、紛質化に伴ってT-Ara残基の減少とT-Galの増加が起こることが明らかにされた。

5、リンゴ果実の細胞解離誘導酵素の単離と精製
 リンゴ果実から細胞解離に関与すると考えられるα-L-ARAaseの分離・精製を試みた。果肉の水不溶性画分のEDTA抽出液を硫安沈殿後、DEAE-Toyapeal, Hydroxyapatite, Sephadex G-100のカラムクロマトグラフィーに順次供し、SDS-PAGEで単一バンドを得た。このα-L-ARAaseを'SD'の果肉から抽出したESPと反応させた後の分子量分布を見たところ、酵素処理前には認められなかったAraの保持時間にピークが出現した。この結果からもこの酵素がT-Araを解離する、エキソ型のα-L-ARAaseであることが確認された。

 以上の結果から、リンゴ果実の粉質化は、細胞間を接着するミドルラメラの多糖の側鎖を構成する末端アラビノースが離脱することによって細胞間の接着力が低下するために起こる現象で、この現象はα-L-ARAaseによって引き起こされることが明らかにされた。また、末端アラビノースの離脱の程度が粉質化の程度と密接に関連していることが見出された。