氏   名
ちば ふみと    
千葉 史
本籍(国籍)
岩手県
学位の種類
博士(工学)
学位記番号
工博 第50号
学位授与年月日
平成13年3月23日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
専  攻
電子情報工学専攻
学位論文題目
地理情報システムを用いた遺跡データベースの構築及び遺跡の立地環境の解析に関する研究
(Construction of database for archaeological sites and environmental analysis of archaeological sites by using geographical information system)
論文の内容の要旨

 日本全国には約37万箇所の遺跡が発見されており、毎年の発掘調査件数は1万件を超える。科学技術が発達していなかった時代には、人々は地形や自然環境に強く依存した生活を強いられていたことであろう。時代や利用目的によって、遺跡の場所はどのような基準で選ばれたのであろうか。

 本論文では、最近の情報処理技術の進歩と地理情報の普及を前提として、遺跡立地と自然環境との関連を解明するためのデータベースの構築をおこなったことについて述べ、さらに、本データベースを用いて、遺跡立地の地形特徴の統計解析及び遺跡間の交流経路の推定をおこなったことについて述べる。

遺跡データベースの構築

 遺跡立地を地形や自然環境の観点から解明するには、遺跡情報と地理情報を統合したデータベースが必要であるが、近年電子計算機により地理情報を解析するための環境が飛躍的に改善されてきている。

 本データベースは、東北6県及び兵庫県を対象として地理情報システムを用いて構築されている。格納されているデータは、各県の教育委員会が編集した遺跡台帳及び遺跡地図から採録した、合計64,583箇所の遺跡情報と、地理情報(標高、斜度、水系、地物、衛星画像など)からなっている。このうち、地形情報は、国土地理院発行の数値地図50mメッシュ(標高)をもとに作成した。データベースの機能は、データベース管理システムの機能及びデータ解析の機能が用意されている。

 本データベースをもとにして、地形及び自然環境に関連する遺跡の立地条件を解明する手段の1つが得られたものと考えている。また、本データベースは、解析だけでなく、行政的な遺跡管理や生涯学習の教材としても利用されることが期待される。

遺跡立地の地形特徴の解析

 青森県、秋田県、岩手県及び宮城県に分布する遺跡の地点及び地点周辺の地形特徴について統計解析をおこない、時代別に考察をおこなった。対象とした地形特徴は標高、地表斜度、地表斜向、天空面積、天空斜度、及び天空斜向である。これらは、居住、防災、防御、日当たり、見晴らし、防風などに関連が深いと考えられる地形特徴である。時代は、旧石器時代、縄文時代、弥生時代、古墳時代、古代、中世、及び縄文時代6時期を対象とした。

 時代別の各地形特徴のヒストグラムから、以下のような特徴が得られ、時代別に異なる特徴を持つことが分かった。標高に関しては古墳時代の遺跡が標高の小さいところに多く存在しており、旧石器時代及び縄文時代の遺跡は標高のかなり大きいところまで存在していた。地表斜度に関しては古墳時代及び古代の遺跡は斜度の小さいところに多く、中世は斜度の大きいところにも存在していた。地表斜向及び天空斜向に関してはどの時代の遺跡も東向きの場所に多く、北西向きの場所には少なかった。天空面積に関しては古墳時代の遺跡が面積の大きいところに多く、縄文時代の遺跡は面積の小さいところにも多く存在していた。天空斜度に関しては旧石器時代、古墳時代及び古代の遺跡は斜度の小さいところに多く存在していた。縄文時代の各時期は、縄文時代と同じ傾向であった。また、すべての時代の地形特徴が、東北4県の一般的な地形特徴に比べて異なった分布を示していた。以上のことから、遺跡の場所が、無作為でなく目的を持って選択されていたことが推できた。

遺跡間の交流経路の推定

 北奥羽地方では縄文時代中期に円筒式土器文化圏及び大木式土器文化圏が存在したといわれ、ヒスイやアスファルトといった交流の物証が残されている。本研究では、北奥羽地方に存在する縄文時代中期の遺跡について、遺跡集落ブロックの形成及び遺跡集落ブロック間の最適交流経路の推定をおこなった。

 斜度図及び谷線図を背景とした遺跡分布図から、遺跡分布は斜度に依存していることが分かった。そこで、斜度の大きいところは移動を制限するとして、遺跡分布をまとめると、12個のブロックに分割された。これらのブロックを遺跡集落ブロックと呼ぶこととした。また、各遺跡集落ブロック内の隣接した遺跡の間には以下の3種類の経路のいづれかが確保されることが分かった。(1)平地経路:斜度2度未満で距離4km以下の陸域経路、(2)起伏経路:平地経路の一部が斜度の大きい場所で中断される場合には、斜度が10度未満の谷線で接続できる経路、(3)水域経路:距離が4km以下の水路。

 5つの主要な遺跡集落ブロック間において最適経路の探索をおこなった。最適経路は、W.Toblerによって提案されたハイキング関数(2点間を徒歩で移動する場合の所要時間と斜度との関係を表した関数)を基準として、最小の所要時間で到達する経路と定義した。斜度は数値地図50mメッシュ(標高)を用いて算出した。その結果、探索された最適経路の多くは、旧街道及び現在の主要道路と一致するものとなった。

 今後は、遺跡データベースの拡張として、データの種類の充実や対象範囲の拡張をおこなうことが考えられる。また、解析については、解明すべき多くの課題が残されているが、地形特徴の追加、流域単位での解析、ハイキング関数の改良などをおこなうことで新たな知見が得られることが期待される。