氏   名
すずき かずよし
鈴 木 和 良
本籍(国籍)
茨城県
学位の種類
博士(農学)
学位記番号
乙 第48号
学位授与年月日
平成12年3月24日
学位授与の要件
学位規則第4条第2項該当
学位論文題目
大気と陸面間における水・エネルギー輸送特性に対する森林と積雪の効果
(The impact of forest and snow cover on the water and energy transfer between land and atmosphere)

論文の内容の要旨

 本研究は,大気と陸面問での水とエネルギーの輸送における森林と積雪の影響を観測結果に基づいて検討したものである.研究目的は次の2点についてである.1)森林と大気問での水とエネルギーの輸送特性に関して,冷温帯に位置するアカマツ林で水とエネルギー輸送特性の長期連続観測を行い,季節的な森林状態の変化や積雪の影響を明らかにすること,2)冬季の落葉状態の森林と常緑の森林との森林構造の違いが,森林と大気問のエネルギーと水の輸送特性に対してどの様な影響を与えるのかに関してこれを明らかにすること,である.
以下に,本研究で得られた新知見について述べる.

Ⅰ)季節的な葉量の変化が小さいと思われる常緑樹林のアカマツ林であったが,葉量が季節的に大きく変化する事が明らかになった.その理由として,高木層を形成するアカマツの葉量の季節的変化それ自身は小さいが,低木層を構成する落葉広葉樹林の葉量変化が大きく,これが森林全体の葉量変化に大きな影響を与えるためであった.このことにより,樹冠の階層構造を把握することの重要性が示された.

 アカマツ林全体からの蒸発散量は,5月から10月の植物成長期で降水量の約40%に達することが明らかになった.また,植物成長期におけるアカマツ林全体での蒸発散量は,約25%が濡れた樹冠からの蒸発量,すなわち遮断蒸発量であり,残りの約75%が乾いた樹冠上からの蒸発散量であった.また,濡れた樹冠からの蒸発量は季節的な変化は小さく,樹冠が乾いているときの蒸発散量は森林群落全体での蒸発散量の季節変化を規定した.また,乾いた樹冠上での蒸発散量を構成する蒸散量と林床面蒸発量は,葉量の変化に依存して構成が変化し,開葉期には林床面蒸発量が全体の蒸発散量の約5割に達した.しかし,林床面蒸発は植物の生長が活発になるに従い減少し,葉量の最大期には全体の蒸発散量の約5%まで低下し,森林からの蒸発散量のほとんどが植物の気孔を通した蒸散によって構成された.乾いた樹冠上の蒸発散量を構成する蒸散及び林床面蒸発量は,葉量の変化による樹冠構造の変化の影響を受け,蒸散では高木層の葉量変化の影響が強く,林床面蒸発量に対しては群落全体の葉量変化の影響が大きいことが明らかになった.また,アカマツ林上におけるエネルギー収支構成要素の最大値の現れる時期は,それぞれ異なった.アカマツ林上の純放射量と潜熱フラックスの最大値の生じる時期は,それぞれ7月上旬と7月中旬でほぼ等しいが,顕熱フラックスは大きく異なる5月中旬に最大値が生じた.顕熱フラックスが開葉前に最大値を持つ理由として,林床での頭熱フラックスが最大になるのが融雪後の開葉前であり,樹冠上の顕熱フッラクスに林床上の顕熱フラックスが加算されたためである.

 アカマツ林の水輸送特性として,葉量に依存しない最大森林群落コンダクタンスを独自の方法で求めた.その値は,12.3㎜s-1であり,この値は最大気孔コンダクタンスの約2.5倍の値であった.また,日中の群落コンダクタンスは,開葉期から徐々に増加し,9月に最大になり,落葉の始まる10月に急激に減少する季節変化を示した.アカマツ林の群落コンダクタンスの日射に対する反応は,他の寒冷な森林群落と比べて鈍感な反応であった.また,アカマツ林の群落コンダクタンスは,気温が20℃以上の条件の時に,大気側の飽差の増加に伴い急激に減少することが示された.

 積雪期の蒸発面である積雪は,植物活動が生じるときの蒸発面とは異なり,蒸発面が0℃以下であり,その表面直上の大気は飽和であるという特徴を持つ.そのため積雪が存在する場合は,気温に関しては気温が低いほど蒸発面と大気側の水蒸気圧勾配は大きくなり蒸発が活発になり,風速に関しては風速が強いほど蒸発は活発になった.これは,植物活動が行われる暖侯期と全く反対の反応であった.

Ⅱ)積雪が存在する冬期間に常緑及び落葉樹林でのエネルギー収支構成の比較観測を行い,樹冠状態の違いによる特性の違いを明らかにした.すなわち,落葉樹あるいは常緑樹に関わらず,森林群落は大気の加熱源となりうることを示した.また,森林群落が吸収したエネルギーを周囲の大気及ぴ積雪の加熱に貢献する森林としては,密な森林よりも,疎な森林群落の方で貢献度が高いことが示された.また,樹冠状態がたとえ変わっても,樹冠上のエネルギー収支構成の分配を表すボーエン比には大きな変化がないことが分かった.その理由として,疎なヤチダモ林では,空気力学コンダクタンスがアカマツ林よりも大きく,大気との熱交換を活発にさせ,正味の熱交換面が林床に近づくことによって,植物体の面積が密な森林に比べ少ないのを補った.また,疎な落葉樹林では,雪面が冷えやすく,大気との水蒸気圧勾配が小さくなりやすいために,蒸発を密な森林に比べ抑制していた.これらの複合的作用により,ボーエン比が樹冠状態に依存しなくなったと推察された.