氏   名
Kono,Hiroichi
耕 野 拓 一
本籍(国籍)
北海道
学位の種類
博士(農学)
学位記番号
乙 第40号
学位授与年月日
平成12年3月24日
学位授与の要件
学位規則第4条第2項該当
学位論文題目
スリランカにおける灌漑農業多様化の持続的発展に関する経済的研究
(Economic Studies of Sustainable Development of Agricultural Diversification in Sri Lankan Irrigated Paddy Fields)

論文の内容の要旨

 本論文では,スリランカが緑の革命の経験により米の自給水準を達成し,農業多様化の時代に至る農村の変容過程を,ファーム・レベルから調査分析することで,灌漑農業多様化の持続的発展方策を解明することを課題とした。要旨は以下のとおりである。

 第2章では,スリランカの稲作生産展開の変遷と農業多様化の現状把握をおこなった。その結果,スリランカの稲作生産は,収穫面積の拡大と単収の増加が平行するかたちでもたらされ,南アジアで唯一長期的に米生産成長率が人口増加率を上回るペースで増加してきたことが示された。こうしたスリランカの米生産成長の源泉は,ドライ・ゾーンの大規模灌漑開発に起因するものであった。また,一定の経済成長による所得向上に伴う国内需要の増加を背景に,スリランカの灌漑農業多様化は一定の進展を見せていることが明らかにされた。

 第3章では,政府主導の灌漑管理が行われる2農村の農家実態調査に基づき、水利用可能性格差が稲作生産構造と所得分配に与える影響を実証的に分析した。その結果,幹線水路上流と下流の水利用可能性格差は,D村における稲作生産技術の利用を規定し,地域の稲作生産構造に大きな影響を与えていた。この点は生産関数の計測からも確認された。こうした水利用格差は,乾季作で約3倍に及ぶ稲作所得格差をもたらし,下流地域における稲作所得分布の不平等度は高いことが示された。 第4章と第6章では,灌漑ポンプと農用井戸を利用することで,乾季の灌漑農業多様化が進展している大規模灌漑地域と小規模灌漑地域における2農村の農家実態調査から,灌漑農業多様化の持続的発展方策を明らかにした。

 第4章では,トービット分析を援用し,こうした新しい灌漑技術の普及が乾季の灌漑農業多様化の進展に与えるインパクトの把握を行った。その結果,灌漑技術の所有は乾季作の実行可能性を高め,その作付面積を増加させる効果を持つことが数量的に把握された。また,灌漑ポンプの所有による弾力的な灌漑は,労働集約的な肥培管理を実行可能とし,灌漑ポンプ所有農家と非所有農家間の単収格差を帰結していた。このことは肥培管理過程における労働投入分析からも明らかとなった。

 第5章では,こうした乾季の灌漑農業多様化に大きなインパクトを持つ灌漑技術は,どのような特性を持つ農家が積極的に導入しているかをプロビット分析から明らかにした。この結果,水田所有面積,家族労働人数が多い農家等が積極的に導入する傾向が明らかにされた。また,こうした農業多様化をささえる灌漑技術の普及により,灌漑技術を所有する農民と,所有しない農民間の所得格差が拡大しつつあることが確認された。さらに,ベトマと呼ばれるスリランカで古くから行われてきた水利慣行は,灌漑手段の急速な普及により変容しつつあることが明らかにされた。

 第6章では,農家実態調査によるデータから乾季の農産物の流通構造を分析した。その結果,スリランカの農産物流通では,トレーダーと呼ばれる仲買人が重要な役割を果たしていた。また,公設卸売市場の建設は周辺地域に,いわば集積の経済をもたらしていた。これにより市場は活性化され,長期にわたる農民と仲買人の固定的取引や中間商人の独占的行動は,非常に限られたものであった。

 以上の各章の要約に,本論文において「持続的発展」の概念を構成する成長・分配・環境の3要素から総合的な考察を加えて,結論とした。

 まず,新しい灌漑技術の普及は,それまで水利用が不安定であった乾季の灌漑農業多様化を進展させつつあった。成長要素からみると,今後スリランカの灌漑農業多様化は一定の発展が期待されそうである。しかし,分配要素と環境要素には不安が残されている。

 分配要素については,第1に,所得格差を解消し,水資源の効率的・公平的利用を可能にさせるため,農民水利組織の灌漑維持管理過程への参加とともに,政府と交渉力を持つ農民水利組織の育成,といった方向での制度的改善が必要とされるであろう。第2に,現在の灌漑農業多様化は,農村の所得格差を拡大させる可能性をもつ。水利慣行ベトマの変容はこの可能性をさらに高める公算がある。プロビット分析からどのような特性を持つ農家が灌漑技術を積極的に導入しているかが明らかにされている。今後,こうした点に考慮した灌漑技術所有のための政策的誘導が必要とされる。また,灌漑技術の普及により,地域全体で行われてきたベトマの慣行も変化せざるをえない。水利用に関する政府と農民間の新たな秩序作りが必要であろう。第3に,灌漑農業多様化の進展には,収穫物の貯蔵等のインフラ整備も緊急の課題である。 環境要素については,地下水に依存する灌漑形態の問題がある。灌漑農業多様化の長期的な持続可能性という点からは,地下水利用の何らかの規則が必要であろう。