氏   名
Maejima,Atsuo
前 嶋 敦 夫
本籍(国籍)
茨城県
学位の種類
博士(農学)
学位記番号
甲 第159号
学位授与年月日
平成12年3月31日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
専  攻
生物生産科学専攻
学位論文題目
寒冷湿潤地帯におけるエンドファイト感染個体の定着
Establishment of endophyte-infected plants in cool-moist region)
論文の内容の要旨

1. 1995年3月に岩手県盛岡市で輸入ライグラスストローによる家畜中毒が国内で初めて報告され、これがエンドファイトの産生したアルカロイドによるものであることが明らかとなった。日本国内では主に北日本に導入されているペレニアルライグラス (PR) やトールフェスク(TF)は、諸外国では、乾燥地帯や害虫の多い地帯の放牧地で生育が有利となっているエンドファイト感染個体が優占し、エンドファイトによる家畜中毒が問題となっている。近年、エンドファイトは、宿主植物に耐性を付与する目的で芝生用品種への人工接種が盛んに行われ、国内にも多く流通しており、それらが国内草地に定着した場合、エンドファイトによる家畜中毒の危険性も考えられる。そこで、本研究では、PRやTFが多く利用されている北日本のような寒冷湿潤地帯でのエンドファイト感染個体の定着の可能性を検討した。

2.北日本におけるエンドファイト感染牧草個体の分布の状況を調査した。北海道及び東北地方北部からPR66個体、TF58個体を収集したところ、PRで11個体、TFで8個体でエンドファイトの感染が認められた。このうち、PRの1個体を除く感染個体で、有害アルカロイドであるlolitrem B及び総ergovalineが検出された。寒冷湿潤地域である北日本においてはエンドファイトの感染頻度はそれほど高くないことが示唆された。

3.流通品種の種子中のエンドファイト感染率とアルカロイド含有率を調査した。PR28品種、TF14品種について調査した。エンドファイト感染率と総ergovaline、lolitrem Bの両アルカロイド含有率は比例関係にあったが、品種間差が大きく、PRでそれぞれ0-96%、0.0-2.8ppm、0.0-6.45ppm、lolitrem Bが検出されなかったTFでそれぞれ0-96%、0.0-2.34ppmであった。用途別には、芝生用品種のほうが飼料用品種よりエンドファイト感染率及び両アルカロイド含有率が高くなった。飼料用品種では家畜中毒の危険性はないが、高感染率の芝生用品種は危険性が高いと推察された。

4.エンドファイト感染個体定着の可能性を以下の3試験から推察した。(1)エンドファイトの種子感染率が80%以上の9品種・系統を用いて、種子から発芽した感染個体の出現率を調査した結果、その値は12-97%と差がみられた。種子の保存期間が長く、高湿度条件で保存した場合に、その値は低くなった。(2)感染個体と非感染個体の形態を比較した結果、感染個体は大型であったが、出穂数が少なく、逆に非感染個体は小型でありながらも、出穂数が多かった。(3)温度及び湿度条件を変えた4つの制御条件下で、エンドファイト感染個体と非感染個体を競合させた結果、非感染個体が低温・高湿条件で優勢となる傾向にあった。以上をまとめると、種子内に好適な条件で保存され、保存期間の短い種子はエンドファイト感染個体の発現率が高まったが、寒冷湿潤条件においては感染個体の生育は劣る傾向にあることが示唆された。また、感染個体では出穂数が少なく、採種の点で劣ると推察され、種子伝染により世代を残す性質を持つこのエンドファイトの生存には不利であることが考えられた。

5.高度感染種子が利用されている芝草地におけるエンドファイト感染率とその推移を調査した。岩手県内のゴルフ場3地点とスポーツグラウンド2地点について個体中のエンドファイト感染の有無を調査した結果、全体的に感染個体率は低かったが、宮古スポーツグラウンドでは感染個体率が常時30%以上と高く、感染個体が多く定着している草地もみられた。また、エンドファイト感染率をみると春に低く、夏から秋に向かって上昇したが、全体的には漸減する傾向で推移した。しかし、水沢リバーサイドゴルフ場でみられたように乾燥等の要因で感染率が高まることも示唆された。

6.北日本で流通種子が導入される場合には、(1)播種までの種子の保存状態によっては種子中のエンドファイトが死滅して生存率が低下すること、(2)寒冷湿潤な環境条件ではエンドファイト感染牧草の生育が劣ること、(3)エンドファイト感染個体が既存の草地に追播される場合に定着率が低くなること、(4)エンドファイト感染個体のほうが出穂数は少なく、種子生産能力の点で劣ることから、エンドファイト感染牧草が北日本の草地に定着する可能性は小さく、エンドファイトによる家畜中毒の可能性は低いと考えられた。しかし、本研究で調査した岩手県内の芝草地の中にもエンドファイト感染個体が多く定着している地点もあり、高温・乾燥状態が続く場合に感染個体が多く定着する可能性も示された。