氏   名
Uchida,Taizo
内 田  泰 三
本籍(国籍)
愛知県
学位の種類
博士(農学)
学位記番号
甲 第158号
学位授与年月日
平成12年3月24日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
専  攻
生物環境科学専攻
学位論文題目
ヨシ(Phragmites australis (Cav.) Trin.)の栄養繁殖法による幼苗生産の開発と水辺空間への導入に関する研究
(Studies on the development of new method for clonal shoots production by vegetative propagation of Phragmites australis (Cav.) Trin. and its introduction into hydrophilic area)

論文の内容の要旨

 河川改修,農地造成あるいは都市開発により減少するヨシ群落の面積は世界的にも著しい。これに伴い群落が担う水質浄化,土壌緊縛の機能も失われつつあり,水辺の生態系に与える影響が懸念されている。近年では,これに対応してヨシの幼苗生産とその植栽が各地で試みられてきた。しかし,幼苗生産からその植栽,さらには群落の維持管理に至る一連の緑化工体系は各過程で不十分であり,ヨシ群落の有する生態学的特性に基づく水辺空間は創出されていない。故に,ヨシを中心とした水辺空間の創出には労力やコストなどの点で多くの問題を抱えるとともに,これら水辺空間は概して衰退する傾向にある。本研究では上述した観点から,効率的なヨシ幼苗の生産法(Ⅰ,Ⅱ)を確立するとともに,生産した幼苗の植栽(Ⅲ)と植栽後の維持管理(Ⅳ)に対応して配慮すべき点をヨシ群落の有する生態学的特性から検討し,これらに基づく水辺空間を新たに提案することを目的とした。

Ⅰ. 幼苗の生産法

 既往の幼苗生産法のみでなく,本研究で開発した幼苗生産法を新たに提唱し,各方法を労力,生産性などの観点から比較検討した。さらに,各方法の活用手段について,生理生態的な側面から考察した。その結果,本研究で新たに開発した「稈浸漬法」,すなわち,地上茎(稈)を地際から刈取り水に浸漬する方法が他の方法より既存群落を保全しつつ,多くの幼苗を容易に生産できる方法として最も高く評価された。さらに,本法の活用には稈直径が太く,かつ稈長が十勝地方では概ね100cmを越えてから出穂するまでの稈を用いることが適当と推察された。

Ⅱ. 幼苗の生産法(群落の適正利用)

 幼苗生産(稈浸漬法)を目的とした刈取り条件下での群落維持を地上下茎の再生反応とTNC含有率の推移から検討した。その結果,十勝地方では,6月下旬から7月下旬の1ヶ月間内の年1回刈取りが幼苗を生産しつつ群落維持するには適当と推察された。

Ⅲ. 幼苗の植栽に対する生態学的配慮

 生産したヨシ幼苗の植栽について,ともに植栽される傾向にあるフトイ,マコモおよびガマを加えて検討した。その結果,ヨシの植栽は上記他の群落と比較して,土壌の性質や水の動きに配慮する必要性は小さいが,水深の深い立地あるいは海水,生活排水などが流入する立地は適さないと推察された。また,ヨシをはじめフトイ,マコモ,ガマの間には他感作用が存在した故,同植物種の植栽には植栽間隔を十分に確保するなどの配慮が求められた。しかし,ヨシ群落内にはアカネムグラやナガボノシロワレモコウなどの共存種が多く存在したため,群落内に共存種を積極的に導入する配慮も求められた。

Ⅳ. 植栽後の維持管理に対する生態学的配慮

 ヨシ群落の維持管理を他種群落(ハンノキやヤラメスゲなど)と関連づけて検討した。その結果,前章(Ⅲ)と同様に,水質浄化機能を有するとされるヨシ群落も他種群落と比べ,生活排水などが流入して水や土壌の理化学性が変化しやすい立地には成立し難いことが明らかになった。一方,ヨシ群落の成立には急激に水位変動させないことが重要であった。したがって,ヨシ群落周辺に他種による緩衝緑地帯を設けることが1つの方策として考えられた。これにより,生活排水などの直接的な流入と雨水などによる急激な水の流入からヨシ群落を保護することになり,ヨシ群落の維持管理には有効と推察された。

 以上を踏まえ,ヨシの効率的な幼苗生産と,ヨシ群落の生態学的特性に配慮した水辺空間を提案する。(1)既存群落から稈を採取し,稈浸漬法により幼苗を生産する。なお,本地域における稈の採取は,6月下旬から7月下旬の1ヶ月間内に年1回のみ地際から行う。また,稈直径は太いほど望ましい。(2)ヨシの植栽には,土壌の性質や水の動きに配慮する必要性は小さいが,水深の深い立地,海水あるいは生活排水などが直接流入する立地は避ける。さらに,汚水を希釈させる緩衝緑地帯(ハンノキ,ヤラメスゲ,ガマなど)を設け,これを後背地に植栽することが群落の成立と水質浄化機能には有効である。しかし,緩衝緑地帯に用いる植物種との他感作用に留意し,植栽量や植栽間隔のバランスを計ることも植栽後の定着と生育には重要である。特に,ヨシとガマとの植栽にはヨシの植栽量を多くし,また,ガマとの距離を十分確保する必要がある。他方では,ヨシが純群落を形成することは稀であり,ヨシ群落内に共存種(アカネムグラ,ナガボノシロワレモコウなど)を積極的に導入することも同時に求められる。(3)ヨシ植栽後の維持管理には,急激に水位変動させないよう配慮することが重要である。これには,前述(2)と同様にヨシ群落周辺に緩衝緑地帯を設け,雨水などによる急激な水の流入を防止することなどが挙げられる。 

 以上,本研究から導き出された上記提案は,これまでに労力,コストなどの点で困難とされてきた幼苗生産を一層容易化し,かつ永続的な群落の利用と保全を可能にする。さらに,これまでのレクリエーションや景観美のみに重点を置いた水辺空間に,生態学的な観点から重要な知見を加えるものである。