氏   名
おがた ひろあき
尾 形 啓 明
本籍(国籍)
福島県
学位の種類
博士(農学)
学位記番号
甲 第153号
学位授与年月日
平成12年3月24日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
専  攻
生物資源科学専攻
学位論文題目
スギ針葉中性ワックスを構成する酸成分に関する朋究
(Study on the constitutive acids of wax obtained from the foliage of Cryptomeria japonica D.Don.)

論文の内容の要旨

 樹木抽出成分中には様々な機能,活性を有する化合物があるが,合成品と比べると今一つ見劣りする。しかし,これまで合成品について,より高機能のもの,活性の強いものをと追い求めてきたために安全面に対する配慮が疎かになり,例えば環境ホルモン問題に象徴されるような環境汚染を増大することとなった。このような反省から,近年,その効果は弱くとも安全性が高く,安心して使用できるもの,つまり天然物への志向が高まっている。天然物の効果的利用のためには,基礎となる生物活性や機能の発現機構に関する研究が必要である。近年,イネ科植物のススキにおいて,イネいもち病菌に対する抗菌活性がエピクチクラ層で生産されるある種の不飽和脂肪酸に起因することが報告されたが,針葉樹葉のワックス(葉ロウ)およびその構成脂肪酸が病原菌類にどのような効果をもたらすかについては,未だよくわかっていない。

 本研究はスギ針葉の中性ワックスの主要構成酸成分とその病原菌抵抗性に関して研究を行ったもので,得られた結果をまとめると以下の通りである。

 ①粗ワックスの最適抽出条件を設定し,中性画分の構成脂肪酸組成とその変異について検討した。その結果,粗ワックスの描出こはクロロホルム60℃加熱,5分間が適当であることがわかった。クロマト分離した中性画分を加水分解し,メチル化後,構成脂肪酸組成をGC/MS分析し,脂肪酸メチルエステル(FAME)化合物を14種類険出した。そのうち,主要化合物3種は通常の直鎖FAMEではないことわかった。品種別試料こおいても主要化合物の保持時間,分子量は共通しており,種内変異は認められないことが畔朔`した。

 ②精英樹クローン・スギの針葉を用いて,①で同定できなかった主要FAMEを単離・精製し,各種機器分析によって化学構造を推定した。最終的に標品との比較結果より,主要FAMEはω-ヒドロキシ脂肪酸の16-hydroxy-hexa decanoic acid (=juniperic acid),12-hydroxydodecanoic acid (=sabinic acid)およびジカルボン酸のhexadecanedioic acid (=thapsicicacid)と同定さた。

 ③②で同定したFAME3 種の標品を用いて,スギの病原菌4種,すなわち赤枯病菌(Cercospolasequoiae),スギ黒粒葉枯病菌(Chloroscyphaseaven),スギ黒点枝枯病菌(Stromatinia cryptomeriae ST.M1-98)およびペスタロチア病菌(Pestalotiopsis funerea)に対する抗菌試験を行った。その結果,各供試化合物は数ppm濃度において病原菌4種に対して約35~70%の菌糸生長阻害活性を示した。中でも,黒点枝枯病菌に対し,添加濃度に関わらず90%以上の成長阻害効果を示した。

 ④スギ黒点枝枯病菌に感染したスギ針葉から得たワックス関達成分が健全針葉および枯死した針葉からのものと比べ,質的,量的に相違があるかどうか検討した。その結果クロロホルム抽出酸性部については,各試料の構成酸主成分はすべてジテルペン酸(cis-communicacid,sandaracopimaricacid,isopimaricacid,isocupressicacid(推定))で,遊離の直鎖脂肪酸はほとんど存在しないことがわかった。全収量は,健全・罹病・枯死試料こ関わらず,ほとんと変化を受けていなかった。クロロホルム抽出中性部については,各試料の構成酸主成分は,すべてω-ヒドロキシ脂肪酸であるsabinicacidとjunipericacidであった。しかし,健全試料と比べ罹病試料では両化合物が相対的に増加していることがわかった。クロロホルム抽出物全量に対する酸性部収量,中性部収量の割合から,(罹病試料/健全試料)比を求めると,各々1.1,1.3倍の増加を示した。これらの結果より,植物におけるクチクラ層の役割として,一般に葉表面の撥水性を高め,病原菌の付着やその後の生育に影響を阻害することで間接的に病原菌の侵入を阻止する物理的防壁が考えられているが,スギ針葉においても同様の効果が期待されると共に,新たにワックスおよびその構成脂肪酸が,病原菌の生長を生理的に阻害し,積極的に防御活性を担っている可能性があることが示唆された。