氏   名
Yasuda,Hiroshi
保 田   浩
本籍(国籍)
和歌山県
学位の種類
博士(農学)
学位記番号
甲 第150号
学位授与年月日
平成12年3月24日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
専  攻
生物資源科学専攻
学位論文題目
ニンジン体細胞胚形成の初期段階における形態形成およびその段階で発現する遺伝子の単離・同定
(Morphogenesis at early stage of carrot somatic embryogenesis and partial characterization of genes whose transcripts accumulate preferentially during early stage)

論文の内容の要旨

 植物は体細胞から胚発生する分化全能性を有しており、これまでニンジンは体細胞から容易に胚が形成されることから最もよく研究されてきた。しかし、従来の系では体細胞が直接胚発生をするのではなく、体細胞から一旦カルス細胞や懸濁培養細胞が誘導され、その後の処理で胚が形成されることから、体細胞が直接胚形成能を持つ細胞に転化する機構や胚形成の最も初期過程を研究することはほとんど不可能であった。本論文はこのような従来の実験系とは異なり、ニンジン再生植物体を人工の植物ホルモンである2,4-Dで短時間処理し、次いで2,4-Dのない培地で培養すると胚軸組織から体細胞が遊離し、それらが分裂し直接胚が形成される簡便な実験系を確立した。この系は遊離した体細胞が2,4-D非存在下で一段階で細胞塊を経て胚が誘導する系であり、これにより体細胞胚形成の最も初期段階の研究が可能となった。この体細胞胚形成系をもちいて以下の成果を得ている。

 球状胚から植物体が再生するどの時期に胚形成能を獲得するかを検討した結果、魚雷型胚が発達して表皮組織が形成する時期であることを明らかにした。一方、体細胞が分裂して球状胚を形成する過程を連続観察した結果、体細胞は多様な分裂様式によって、不定形な細胞塊が形成され、この細胞塊の表層の細胞が分裂と伸長を繰り返しながら徐々に球形が形作られ、やがて典型的な球状胚が形成された。これは接合子胚形成の様式とは異なるものと思われる。また、連続観察の結果、細胞塊から典型的な球状胚を経ず心臓型胚、魚雷型胚を形成するものや子葉原基が細胞塊の段階で生じる異常な胚形成をするものも観察された。

 球状胚の前段階の細胞塊をDNA複製を阻害するアフィディコリンで処理すると、細胞塊の細胞同士の接着が弱まり細胞が膨らみ丸みを帯びるようになる。このことから細胞塊をアフィディコリンで3日間処理し、次いでアフィディコリン非存在下で培養すると、細胞塊の膨らんだ細胞が再び分裂を始め、伸長し接着を繰り返しながら、再び細胞塊や球状胚を形成していく様子が連続観察やSEM観察で確認された。

 最も初期の細胞塊を2,4-D存在下で培養すると胚形成は阻害され、また2,4-Dで24時間処理し、次いで2,4-Dのない培地で培養すると大きな奇形が生じる。そこで、最も初期の細胞塊とそれらを2,4-Dで処理したもので発現する遺伝子をディファレンシャルディスプレイ法で比較し、RT-PCRで検討した結果、3種の特徴的な遺伝子を単離し解析した。No.43と名付けた遺伝子は体細胞胚形成の最も初期段階でその発現量が最大になり、球状胚以降では徐々に減少し、魚雷型胚や懸濁培養細胞では全く発現しなかった。ニンジン実生の子葉、胚軸および根での器官特異性では胚軸のみで発現した。No.43遺伝子はそのcDNA断片の塩基配列からアミノ酸レベルでthaumatin様タンパク質やpathogenesis-relatedタンパク質と相同性の高いタンパク質をコードしていた。このように、No.43遺伝子は体細胞胚形成の最も初期の段階で主に発現が認められた始めての遺伝子である。またNo.87と名付けた遺伝子の発現は2,4-Dで24時間処理した初期の細胞塊で最も高く、2,4-D存在下で継代培養した懸濁培養細胞では著しく低かった。このことから、この遺伝子は2,4-Dに対する一過的な反応に関わっている遺伝子であることが示唆された。この遺伝子は有意に相同性のある遺伝子が他に検索されなかったことから、新規の遺伝子であることが示唆された。一方、No.93と名付けた遺伝子の発現は再生した幼植物体の段階で最大であり、次に最も初期の細胞塊で多く、球状胚や心臓型胚へと発達するに伴って減少し、懸濁培養細胞ではわずかであった。この遺伝子はニンジン体細胞胚形成の心臓型胚で主に発現している報告されているDC2.15とアミノ酸レベルで約80%の相同性が認められたが、両者は胚形成において発現する時期が異なっていた。また、No.93遺伝子から推定されるアミノ酸配列にはDC2.15のアミノ酸配列に特徴的なPro-X繰り返しモチーフが存在しなかった。