氏   名
Tomita,Yasuhiro
富田 康浩
本籍(国籍)
東京都
学位の種類
博士(農学)
学位記番号
甲 第149号
学位授与年月日
平成12年3月24日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
専  攻
生物資源科学専攻
学位論文題目
センダイウイルス膜タンパク質の小胞体分子シャペロンによる品質管理機構に関する研究
(Studies on the Endoplasmic Reticulum Chaperones in the Quality Control of Sendai virus Glycoproteins.)
論文の内容の要旨

 分子シャペロンによるタンパク質成熟過程の調節と品質管理は、近年の細胞生物学・生化学研究分野における重要課題の一つである。本研究では、センダイウイルス膜タンパク質の成熟過程をタンパク質―シャペロン間の相互作用を調べるモデル系として用い、膜糖タンパク質単量体の成熟および多量体の品質管理に関与する分子シャペロンの種類と相互作用の動態について解析した。

 真核細胞内で新規に合成される分泌タンパク質および膜タンパク質は、主に小胞体およびゴルジ体により構成される分泌経路により成熟し、最終的に目的の細胞内小器官または細胞外へと輸送される。これらのタンパク質合成の場である細胞内小器官小胞体は、新規合成されたタンパク質が正確な高次構造を形成するのに必要な分子シャペロンと呼ばれるタンパク質群を含んでいると考えられている。さらに小胞体は、不正確な高次構造を形成したタンパク質の分解にも関与しており、現在、これらの機能は小胞体の品質管理機構と総称されている。

 センダイウイルスの膜糖タンパク質であるF(Fusion)およびHN(Hemagglutinin-nerura minidase)は脂質二重層からなるエンベロープの表面にスパイクを形成し、FはC末端を細胞質側に有するタイプI型,HNはN末端を細胞質側に有すタイプⅡ型の膜貫通タンパク質であり、両タンパク質が有す生物活性がウイルスの感染性に重要な役割を果たしている。またF,HN両タンパク質の細胞内での成熟過程には差があり、HNはFよりも成熟に時間を要することが明らかにされている。これは細胞内輸送の過程、特に小胞体内の分子シャペロンの作用による品質管理に起因することが予測されているが、これまでに明確な証拠は得られていない。

 本研究では、センダイウイルス膜糖タンパク質F,HN単量体または多量体と相互作用する小胞体シャペロンを同定すること、およびそれらの相互作用の経時変化を明らかにすることを目的とした。そのために、まず小胞体の主要な分子シャペロンであるBiP,calnexinおよびcalreticulinのそれぞれを認識する抗血清をウサギを用いて作製した。その際、各シャペロンのC末端領域に相当するペプチドを免疫源に用いることにより、シャペロン―基質の相互作用を損なわずに複合体のまま認識できる抗血清の作製を試み、特異抗体を分離精製することに成功した。これらの抗体、およびFあるいはHNタンパク質を認識する抗体を用いて、ウイルス感染細胞のパルス―チェイズ―免疫沈降実験を行った。さらに種々の代謝阻害剤が、F,HN-シャペロンの相互作用に及ぼす影響を検討し、次ぎの様な実験結果を得た。

 i)Fタンパク質は合成直後にcalnexinと会合半滅期8分の相互作用をした後、30分後にはゴルジ体へ輸送されること、ii)HNタンパク質は単量体がBiP,calnexin,およびcalreticulinと相互作用し、会合半減時間はそれぞれ8分、15分、20分であること、iii)HNタンパク質はシャペロンからの解離と並行して4量体を形成すること、iv)HNタンパク質は4量体の一部は、再びBiP,calnexinおよびcalreticulinと数時間に亘り相互作用し、長時間細胞内に保持されること、v)小胞体シャペロンと会合したHN4量体の一部は、プロテアソームによって分解されること等の新知見が得られた。

 以上の結果から、i)Fタンパク質とHNタンパク質は、異なる種類の小胞体シャペロンと異なるカイネテイックスで相互作用すること、ii)単量体だけではなく多量体も小胞体シャペロンによる品質管理を受けていることが明らかになった。

 本研究により、センダイウイルス腺タンパク質と分子シャペロンの相互作用の実体が初めて分子レベルで明らかにされた。この成果は、センダイウイルス腺タンパク質の小胞体における高次構造形成過程および品質管理の理解を深めるための重要な基礎情報を提供する。さらに分子シャペロンと基質タンパク質との相互作用を効率的に追跡できたことから、センダイウイルスを用いた系は、分子シャペロン―基質タンパク質の相互作用の動態を分子レベルで解明して行くための優れた系であることが判明し、この系を用いての分子シャペロン作用機構のさらなる進展が期待される。